【女子レスラー名鑑(全女→ガイア→マーベラス)】長い女子プロレスの歴史の中でも“史上最大のカリスマ”と称されるのが長与千種だ。
1964年12月8日、長崎・大村市出身。中学卒業と同時に全日本女子プロレスに入門し、80年8月8日田園コロシアムの大森ゆかり戦でデビュー。当時からスラリとした美少女だったが「これといった特徴がない」という会社側の評価により不遇の時代は長く続き、試合を組まれない日も多かった。
しかし引退覚悟で84年8月にライオネス飛鳥とWWWA世界タッグ王座に挑んだ試合から「クラッシュギャルズ」を名乗り、格闘技色の強いケンカファイトを展開。これが爆発的な人気を呼んだ。一気に全国的人気を獲得して、一大ブームに。特に極悪同盟の“最凶女王”ダンプ松本との抗争は大人気となり、テレビの視聴率は常時20%を超えた。85年8月大阪のダンプとの髪切りマッチの死闘は今でも伝説として語り継がれている。主要王座のほとんどを獲得したが、ベルトを超えるカリスマ性を誇った。
クラッシュは何十億円という利益を会社にもたらしたとされるが、当時LLPWの神取忍との対抗戦が会社から却下されたことが要因となり、89年5月6日横浜アリーナで電撃引退した。
芸能活動を経て93年11月に復帰。95年4月後楽園ではガイア・ジャパン旗揚げ戦を行う。選手としてだけでなく指導者・プロデューサーとしての能力にもたけており、当時15歳だった現WWEの里村明衣子らは“驚異の新人”と呼ばれた。
2000年には飛鳥との「クラッシュ2000」が復活。05年4月にガイアが解散すると、飲食業などに進出した後、14年に復帰。同年にマーベラスを旗揚げして多くの才能ある選手を育てた。
同時に選手活動に本腰を入れて、15年には“邪道”こと大仁田厚とまさかのコンビを組んで電流爆破マッチにもチャレンジ。同年9月には初代爆破王タッグ王者となり、この年の東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」最優秀タッグ賞を獲得。女子では史上初の快挙だった。その後もマーベラスでプロデューサー兼選手として活躍中だ。
ちなみに故松永高司全女会長は生前に「小さい星をつかめる人間はたくさんいるが、大きな星をつかめる人間は1人しかいない」との言葉を残したという逸話がある。北斗晶はそれを長与だと思い、長与は北斗だと思い込んでいたが、実は長与を評しての言葉だった。最近は鳴りを潜めているが、カリスマは同時に女子プロ界きっての仕掛け人だ。「大きな星を持った人間」として新たな次の一手が期待される。
(敬称略)













