昨年10月1日に死去したアントニオ猪木さん(享年79)が、叙位(従四位)・叙勲(旭日中綬章)を受けた。燃える闘魂の功績が改めて評価される中で、猪木さんが日本だけではなく、「世界的スーパースター」だったことを振り返る。
1988年1月22、23日と、猪木さんはイタリア・ローマに単独遠征。東スポからは私と木明勝義カメラマンが派遣された。後にサッカー担当が山ほど取材に行ったが、おそらく東スポでイタリアに初めて出張したのは我々だ。
成田から英ロンドンのヒースロー空港で乗り継いで、ローマのレオナルド・ダ・ヴィンチ空港に到着。そのままテレビ局に直行するという。街中には、猪木さんがコールを受けた際に見せるガウンのひもをほどいて両手を広げている写真だけを使った、大きな黄色い看板が掲げられている。大会は完全に猪木さんがメインのようだ。
着いたテレビ局はRAI(イタリア放送協会)。国営放送で、日本でいえばNHKか。朝の番組か昼の番組かは忘れてしまったが、NHKでいえば「あさイチ」みたいな人気番組に猪木さんは生出演して大会をPRするという。
スタジオの中に入ると、古代エジプトの際どい衣装に身を包んだイタリア美人がいっぱいいる。バックで踊るダンサーと思われる。その古代エジプトの格好をした美人のひとりが気分が悪くなったのか昏倒してしまった。スカートはめくれ上がってパンツ丸出し。当然、大騒ぎとなった。
動かすな、医者だ、救急車だ、などと怒号が交錯する中でも司会者たちを相手に堂々と受け答えしていた猪木さん。「あなたはアントーニオという名前からしてイタリア人ですか」と聞かれ、苦笑しながら否定していた記憶がある。
街中でも「アントーニオ」「アントーニオ」と呼びかけられ、本当にみんな猪木さんのことを知っていた。テレビ朝日の「ワールドプロレスリング」がイタリアでも放送されていたことに加え、イタリア人には親しみのある「アントニオ」という名前が拍車をかけて、初のイタリア遠征にもかかわらず猪木さんはいきなりスーパースターとして歓迎されたのだろう。
しかし、初めて訪れた国の、国営放送の人気番組にいきなり登場するとは…。まさに世界のINOKI、サッカー・カタールW杯のMVPリオネル・メッシ(アルゼンチン)もびっくりだ。こんなレスラー、今は世界中見渡してもいない。(元プロレス担当・吉武保則)















