短くて軽い〝長崎バット〟で叩きだした不滅の記録

 85年の阪神は日本一に輝き、バースは54本塁打、打率3割5分、134打点の大活躍で3冠王に輝いた。終盤にはヘッドの重い自分のバットを使わず、同僚の長崎啓二のバットを借りてラストスパートをかけた。82年の首位打者で大洋から移籍してきた選手だが、バースとはまったく違うタイプ。アドバイスされていたわけでもなく、なぜか軽めの長崎のバットを気に入ったという。

バース3冠王の陰の立役者だった長崎啓二
バース3冠王の陰の立役者だった長崎啓二

 長崎は「彼は速い投手がくると、黙って人のバットを持っていくんです。短くて軽いのをね。僕のバットもしょっちゅう拝借されていました。『ちょっと貸してくれ』とか『借りたよ』もない。グリップの細さが僕のと似ていた。ベンチ裏に2本置いているんだけど、気がつくとない。しゃーないな、という感じでしたね」と笑顔で述懐している。

 遠くに飛ばない分、操りやすい。振り遅れが少なくなってインサイドもさばきやすく、芯に当たる確率も増えた。翌86年はフルシーズンで〝長崎バット〟を使用し、日本記録となる打率3割8分9厘をマーク。47本塁打、109打点で2年連続3冠王を手中にした。

 一方で86年は後ろの4番・掛布、5番・岡田の調子が上がらず、バースを歩かせて掛布と勝負、という場面も見られた。前年は掛布が打率3割、40本塁打、岡田も打率3割4分2厘、35本塁打と打ちまくって3番・バースの追い風となったが、勝負を避けられ、67四球から82四球に増えている。

 加えて相手バッテリーのマークもきつくなり、クセを見抜くのが得意なバースも、見抜いていることがバレて裏をかかれたり、さまざまな心理戦もくぐり抜けてきた。そんな中での連続3冠王だけに、いかに優れた打者だったかがわかる。

【ランディ・バース伝説#2・豪快すぎたオレ流調整法】へつづく