【プロレス蔵出し写真館】2023年元旦に、プロレスリング・ノアが日本武道館でビッグイベントを開催。メインイベントは〝魔界の住人〟グレート・ムタ対WWEの中邑真輔のドリームカードが実現した。

 さて、元旦興行といえば今から41年前、82年(昭和57年)に新日本プロレスが後楽園ホールで行った元日決戦が思い出される。

 大会場で開催してもおかしくない豪華カードがラインアップされ、メインイベントはアントニオ猪木VS〝地獄の墓堀人〟ローラン・ボック。セミファイナルはボブ・バックランドに藤波辰巳(後に辰爾)が挑戦するWWFヘビー級選手権。藤波がヘビー級に転向して最初の試合で、「飛龍十番勝負・第1戦」として行われた。そして、前年デビューして爆発的人気を呼んだタイガーマスク(佐山サトル)は、WWFジュニアヘビー級王座決定戦でダイナマイト・キッドと激突。さらに、カール・ゴッチの引退試合(藤原喜明を相手にエキシビションマッチ)。

 観衆発表は超満員3300人。当時、水増しするのが普通だった数字はともかく、館内は立錐の余地がないほど。午前0時に寝袋を持った16人が並ぶなど、プロレスでは異例の光景も見られた。

 もっとも期待されたのは猪木とボックのシングル戦。78年11月、猪木が欧州遠征を行った際、猪木が判定負けを喫し、〝シュツットガルトの惨劇〟としてファンに衝撃を与えた。

西ドイツでボックと戦う猪木(78年11月、西ドイツ)
西ドイツでボックと戦う猪木(78年11月、西ドイツ)

 前年に来日したボックは得意のダブルアームスープレックスで木村健吾(後に健悟)、長州力らを短時間でフォールし強さを見せつけたものの、これはボックが79年に自動車事故で負傷し、その後のアンドレ・ザ・ジャイアント戦で左足に血栓症を患い、長時間のファイト出来ないという事情もあったようだ。

 1勝1敗1分けの全く五分の対戦成績で迎えたこの日の試合は5分10Rで行われ、1Rはボックがフロントスープレックス気味のサイドへの投げを披露して優勢気味。2Rは猪木がボックの負傷した左足にアリキック(ローキック)連発(写真)。3Rは猪木の延髄斬りが決まりボックがダウン。エプロンへ出たボックはリング内の猪木にスリーパー。止めに入ったレフェリーのミスター高橋を跳ね飛ばし反則負けの裁定が下った。結果的には凡戦で、ファンを落胆させた。

 さらに、生中継されたテレビの特番は放送時間内に納まらず、メイン終了間際で終了するという、なんとも締まらない結末になったのも残念だった。

 ムタVS中邑戦はABEMAが生放送するので、途中で放送終了の心配はない。プロレスに限らず、これからはネット配信が主流となっていくのだろうか。

 ところで、プロレスの元旦興行を最初に開催したのは、時代のパイオニアだった国際プロレス。

 69年(昭和44年)に宮崎県営体育館で行われ(観衆4500人)、メインのTWWA世界タッグ戦は豊登&サンダー杉山組が、ロベルト・ガステル&アンドレ・ボレー組を破り23度目の防衛に成功。セミにはビル・ロビンソンが登場し、IWA世界ヘビー級王座争奪戦でグレート草津を破り、新王者に輝いている(敬称略)。【プロレス蔵出し写真館】の記事をもっと見る