【今村猛 鉄仮面の内側(13)】 2016年にカープは25年ぶりのリーグ優勝を達成しました。メジャーから復帰の黒田さんがいて、FAで阪神に移籍し復帰した新井さんもいました。若い力との融合で理想的な形ができたのだと思います。

 その翌年、17年は連覇を目指し見事に実現することができました。自分の投球としては意識的にスタイルを変えたりしたつもりはありません。

 とはいえ、ちょっとした取り組み方とかは変えていましたね。どちらかというと新しいものを積み重ねるのではなく、いらないと思ったものを思い切って捨てるというスタンスでしょうか。

 僕はプロ入り2年目の11年から13年までの3シーズンで180試合に登板しています。平均60試合です。客観的に見れば評価していただけるのかもしれませんし、当時の自分の中にも『自分はやったんだ』というような変な自信があったのかもしれません。

 14、15年のシーズンはそういった変な意味でのプライドが勝ってしまっていた状態でした。2年目から4年目までは、振り返ると最もボール自体に力があった時代です。

 真っ向から力勝負をして、首脳陣にもそういうところを評価してもらっていました。また、そういうところを求められてもいましたし、自分でも追い求めていました。

 でも、それを捨てて16年シーズンからは一から取り組んだというのがありました。力勝負へのこだわりを捨てよう。もっと野球をシンプルにしよう。そういうふうに考え方を変えました。

 それに伴ってトレーニング方法もどんどん変わっていきました。もちろん筋力トレーニングは実施しますが、重いものを上げるのではなく、瞬発力を磨くような方法を取り入れることが増えました。

 短距離ダッシュ、カラーコーンを使って切り返しを繰り返すトレーニングなど、体にキレを出すことを意識しました。
 もともとフィールディングやけん制に関しては割と得意な方だと思っていましたし、プレースタイルを総合的に考えて動きやすさを追求していきました。

 16年、17年はそいうった取り組みが功を奏していい結果を残すことができました。シーズン当初からセットアッパーとして17ホールド。途中からクローザーの中崎翔太が故障離脱したため、代理で守護神を務め23セーブを挙げました。

 ただ、68試合に登板し23セーブとはいうものの、守護神として立場を確立したというわけではありませんでした。僕はシーズン終盤の8月、9月で抑えに失敗して守護神をクビになっているんです。しっかりワンシーズンを守護神としては終えていないんですね。

 最後は守護神・中崎が戻ってきてくれて、あくまで僕は代役ということです。最初の形に戻っただけでした。やっぱり試合の最後を締める役目というのはしびれます。普通にアウト3つ取ることが仕事でも違うんです。

 特に17年でいえば7月7日の試合が心を削られたのをよく覚えていますね。