リング上では完全無欠のヒーローだった燃える闘魂は、ちょっぴり甘えん坊で寂しがり屋でもあった。元番記者が10月1日に死去したアントニオ猪木さん(享年79)の〝昭和〟を振り返る連載第24回。今回は全日本プロレス・ハル薗田さんの訃報に際し、猪木さんが発した言葉から〝本心〟を読み解く。

 1987年11月28日、全日本プロレスのハル薗田さんが南アフリカ航空の墜落事故で新婚2か月の真弓夫人ともども亡くなった。

 熊本市体育館で新日本プロレスを取材していた私は、全日本プロレスを取材していた先輩記者から「関連談話を取ってくれ」と連絡を受けてレスラーたちの話を集めた。

「そんな…」「うそでしょ?」「結婚したばかりだったのに」「なんで…」などとレスラーたちは一様に驚き、そして悲しんだ。

 そんな流れで猪木さんのもとへ。薗田夫婦が飛行機事故で亡くなったことを伝えると、猪木さんは間髪を入れず、そしてぶっきらぼうにこう言った。

「よかったじゃん」

 予想もしなかった意外すぎる言葉。お悔やみの言葉が出てくると思っていたので絶句した。

「え? 何がよかったんですか。死んじゃったんですよ、しかも新婚だったんですよ」という私の問いに対する猪木さんの答えはこうだった。

「だって一緒に死ねたんだろ。どっちか独り残されるよりいいだろ。2人一緒に死ねたんだからさ」

 理屈は分かるが、そのまま書くわけにはいかないと思い、哀悼の意を談話の冒頭に入れて先輩記者に伝えた。「何で素直にお悔やみを言えないのかな」と、猪木さんの言い方に当時は少々腹が立った記憶もある。

 ただ、今思えば、この言葉はまぎれもない猪木さんの本音だったろう。本当の猪木さんは寂しがり屋で甘えん坊。暴動が起きた夜も大阪では女性(3番目の奥さん?)が部屋で待っていたし、両国では田中ケロちゃんがヤケ酒の相手を務めたとか。

 食事会など人を集めるのが大好きだった猪木さんは、とにかくにぎやかでないと、そして誰か隣にいないとダメなタイプだった気がする。

 だから、薗田さんが新妻と一緒に事故に遭遇したことを「よかった」と即答した…。

 時は流れ、病を得た猪木さんはベッドに横たわる日々を送った。最後の妻はすでに鬼籍に入っている。つまり、猪木さんは独り、死にゆく。その胸に去来していたものは何だったのだろうか。

「何だよ、寂しくなんかねぇよ」と強がる猪木さんの声が聞こえたような気がした。