10月1日に死去したアントニオ猪木さん(享年79)の元番記者が〝昭和〟の燃える闘魂を振り返る連載第16回は、誰もが気になる〝オンナ〟の話題だ。当然ながら、世を熱狂させたスーパースターはとにかく女性にモテた。遠征先から帰京する際、猪木さんの誘いでクルマに同乗してしまった記者を待っていたのは、なんとも気まずい展開だった。
4回も結婚したのだから言うまでもないことではあるが、猪木さんは女性にモテた。有名人ということもあってか、ナンパしたらホイホイついてきたものだ。そんなことを思い出していたら〝困惑の夜〟が脳裏によみがえってきたので、ここに明らかにしておく。
長野・駒ヶ根市での大会が終わると、猪木さんから「これからクルマで東京に戻るけど、乗ってくか?」とのお誘いが。ついていくと「社長、僕もいいですか」とのしわがれ声が後ろから。星野勘太郎さんだ。ということで、猪木さんは運転手の後ろの列の席、私と星野さんは一番後列に乗り込んで体育館を出発した。
5分ほどたったころだろうか。「もういい? もう大丈夫?」という女性の声がどこからか聞こえてきた。そして「ジャーン!」。びっくりした。女性が猪木さんの隣に突然現れたのだ。ブランケットか何かをかぶって隠れていたのか。
知っている女性だった。猪木さんのタニマチの娘だ。ラスベガスでリンダ・ロンシュタットのミュージカルを猪木さん、ジョージ土門さんらと一緒に見たことがあるし、ハリウッドの女性の家(たぶんお父さんの家だろう)に猪木さんと迎えに行ったこともある。背はあまり高くないが、猪木さん好みのエキゾチックな顔立ちのグラマーだった。
その女性、猪木さんにベタボレで、ぐいぐい猪木さんに迫っていく。猪木さんは我々の手前、素っ気ない対応を心がけていたと記憶しているが、女性のほうはお構いなしに突進だ。車内はコーヒーカップに角砂糖を30個ぐらいぶち込んだような甘ったるさに包まれた。
そんな2人の会話を聞かざるを得なかった私と星野さん。もちろん無言で、お互いの顔を見つめ合ったままだった。あんなに星野さんの顔をまじまじと見たことはない。星野さんが2人の会話に顔だけで驚いたりの反応をするのには、何回か吹き出しそうになったが…。とにかく東京まで長かった。
「せっかくだからメシ食ってくか」と猪木さん。いや、もう帰らせて。そんな願いなど聞いてもらえるはずもなく「そうそう、あそこ行こうよ。アレ、おいしいのよね」と女性がたたみかける。クルマは西麻布の焼き肉店に付けられた。
猪木さんの横には私、対面には女性、その横が星野さんという座席。運ばれてきたのは石焼ビビンバ。今でこそ珍しくも何ともないが、当時は見たこともない食べ物だった。「あったあった、おこげ。これがおいしいのよね、ねー♡」。本当に勘弁してくれ。そんなこんなでようやく解放された私と星野さん。心身ともに疲れ果てていた。
そういえば、我々の隣のテーブルにはトレンディー俳優さんが女性と男性スタッフで陣取っていた。激写されても言い訳できるようにだろう。そう、私と星野さんもカムフラージュ要員だったわけ。次の日、猪木さんに会うとニンマリしていたのが思い出される。












