【赤坂英一 赤ペン!!】久しぶりに見せる〝若大将スマイル〟だった。
20日のドラフト会議で高松商・浅野翔吾外野手を1位指名し、阪神との〝一騎打ち〟で当たりクジを引き当てた巨人・原監督。大喜びでガッツポーズを繰り返す姿に、かつて若大将と呼ばれた時代を思い出したファンも少なくないだろう。
抽選1勝6連敗中の原監督(巨人は11連敗中)にとって、今回は2008年の大田(当時東海大相模、現DeNA)に次ぐ2勝目。長い敗戦トンネルの1敗目は、原監督がクジ引きに初挑戦した01年ドラフトから始まっている。
当時は日南学園・寺原を1位指名して、中日、横浜、ダイエーと競合。原監督はわざわざ日南へ2度、指名のあいさつに行き、ドラフト当日も「今朝、つめの手入れをしてきたよ」とクジを引く指先に磨きをかけたと強調した。
しかし、結果は3番目にクジを引いたダイエー・王監督が交渉権を獲得。原監督の順番は最後で、ハズレしか残っていなかったから、これを1敗目に数えるのは気の毒か。
直後、会見場に現れた原監督の目は真っ赤。「僕はいつも興奮すると目が赤くなるんです」と言いつくろって「王監督は(当たりクジが)透視できたのかな」と悔しさをあらわにしたものだ。
そのころ、原監督にクジ引きに関する〝哲学〟を聞いたことがある。
「巨人の新人はいい形で入ってきてほしい。誰にも認められる形、スッキリした形でね。僕自身もそうだし、松井(秀喜)もそうだったでしょう」
確かに、原監督は1980年、松井は92年のドラフトで4球団に1位指名されて競合。それぞれ、藤田、長嶋と当時の監督に当たりクジを引き当てられている。
しかし、東海大・菅野を1位指名した11年は「スッキリ」といかなかった。原監督のおいであることから他球団が指名を控えるとみられた中で、日本ハムがまさかの指名強行。急きょ抽選となって、原監督ではなく清武代表がクジを引いたらハズしてしまった。かくて菅野の巨人入りは1年延びたのである。
ちなみに、原監督自身が1位指名で競合した80年は「最初から巨人が当たりクジを引くと思っていた」そうだ。
「そういう入り方にはとても運命的なものを感じるね。そういうことって大切じゃないかな」
とすると、浅野の巨人入りも「運命」だったのか。彼が現役時代の原や松井のようになれるかどうかは、今後の本人の努力次第だが。
☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。日本文藝家協会会員。最近、Yahoo!ニュース公式コメンテーターに就任。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」「プロ野球二軍監督」(講談社)など著作が電子書籍で発売中。「失われた甲子園」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。他に「すごい!広島カープ」「2番打者論」(PHP研究所)など。













