【豊田誠佑 おちょうしもん奮闘記(16)】星野監督が中日の監督に就任してからわずか2か月後の1986年12月23日、日本中を仰天させるニュースが飛び込んできた。「中日が1対4のトレードでロッテから落合博満を獲得!」。3冠王に3度輝いた日本最強打者の落合さんがドラゴンズに来る! 中日の交換要員は牛島和彦、上川誠二、平沼定晴、桑田茂の4人。牛島はドラゴンズのリリーフエースで、上川もバリバリのセカンドのレギュラーだ。「プロ野球はこんなことがあるんだ」。これにはファンだけではなく、俺たち選手もみんなビックリした。
中日が4人の選手を放出してでも落合さんを獲得しようとしたのは星野監督の強い意向があったからだった。落合さんについては巨人が水面下でトレードでの獲得に動いていた。ただ交換要員で折り合いがつかず、難航。その情報を知った星野監督が3冠王を巨人にだけは行かせてはならないと動いて日本プロ野球史に残る大型トレードを成立させたと聞いた。いわば星野監督のジャイアンツに対する強烈なライバル心が実現させたトレードだったと思う。
落合さんは雰囲気からしてやっぱり別格という感じがしたね。バッティング技術がとにかくすごい。追い込まれても速い球は全部、一塁側にファウルする。緩い球が来ればレフトスタンドへ持っていく。普通の打者と違って手元に呼び込んで打つことができるんだよ。だから変化球にも対応できるんだろうな。右中間にホームランを打てるあの技術はさすが3冠王だと思ったね。
キャンプでの打撃練習も独特だった。室内練習場で見せてもらったことがあるんだけど「正面打ち」という練習をしていた。バッターボックスではなくてホームベース上にマウンドに向かって正面に立ってマシンで50~60キロぐらいの遅いボールを打つんだ。自分の体の正面に向かってくるボールをバットで三塁側にはらう。遅い球だけど失敗すればボールは自分の体に当たるから普通、怖がるじゃないですか。ケガをする可能性もあるんだけど落合さんは神業的なバットコントロールですべて完璧に捉えていた。すごい技術だと思ったね。
落合さんが入ったことでドラゴンズ打線にはしっかりとした核ができた。チームの誰もが落合さんを信頼していた。だけどなぜか「誠佑、たばこくれ」ってよくねだられたよ。俺だけじゃなく他の選手にもよく「たばこくれ」って言ってたな。先輩だから「はい、どうぞ」って渡していたけど、日本人初の1億円プレーヤーが何で他の選手からたばこをもらっていたのか不思議だったよ。それでいて落合さんにおごってもらったことやどこかに連れていってもらったことは一度もなかったからね。倹約家というかケチというか…。
☆とよだ・せいすけ 1956年4月23日生まれ。東京都出身。日大三高では右翼手として74年春の選抜大会に出場。明治大学では77年の東京六大学春のリーグ戦で法政のエース・江川から8打数7安打と打ちまくり首位打者を獲得。「江川キラー」と呼ばれるようになる。78年オフにドラフト外で中日ドラゴンズに入団。内外野をこなせるバイプレーヤーとして活躍し82、88年のリーグ優勝に貢献した。88年に現役を引退後はコーチ、スカウト、昇竜館館長を務め2014年に退団。現在、名古屋市内で居酒屋「おちょうしもん」を経営している。












