空手家ウィリー・ウイリアムスなど熊と戦った猛者は多い。米国でも1960年代中盤のロサンゼルスでは300キロの熊とレスラーの“異種格闘技戦”が人気を呼び、ザ・デストロイヤーやグレート小鹿ら多くのレスラーが熊と戦った。
ちなみに小鹿は「怖くてたまんねえから4秒で目に指を入れてリングアウトで終わらせたよ」と語る。余談になるが試合後にシャワーを浴びていると、熊が乱入。しかし気持ちよさそうにお湯を浴びて危害を加えることはなかったという。感極まった小鹿は、一緒にシャワーを浴びて熊の肩をポンと叩いたらしい。いい話だ…。
90年代はアトランタで「熊レスリング王者」を名乗る2メートル、315キロのテリブル・テッドが出現。連戦連勝で人気を呼び、小鹿は大日本への招聘を決めたが、動物愛護団体からの猛抗議により、中止となった。「なぜ熊と人間の触れ合いを見せたい俺の気持ちが通じんのだ…」と当時、小鹿は涙目で天を仰いだ。
前振りが長くなったが99年6月14日大日本岐阜大会に謎の巨大熊が乱入。とはいえ全身を毛むくじゃらの着ぐるみで包んだ“覆面レスラー”だった。コスチュームだけでも相当重そうだ。熊は神風、山川竜司を襲うとボディーアタックやラリアートで大奮戦。しかし悲しいかな日本は梅雨でこの日は湿度約90%。10分を過ぎると熊(の中身)はスタミナをロスしてヨレヨレになり、最後は神風の空中弾に沈んだ。
熊の名前はテリブルテッド・ブラックベアー。小鹿は巡業参加を即許可し、6月28日地元の函館で一騎打ちを決めた。なぜか空手の道着で出陣した小鹿はチョーク攻撃、顔面ひっかきなど極道コンビの相棒・故大熊元司さんとの極道殺法を全開。最後はラ・マヒストラルでクルリと丸めて勝利した。
「(中止になった)3年前のケジメがついた。今日の熊には30年前に戦った熊と同じ闘争心を感じたよ」と小鹿は胸を張った。その後ブラックベアーはアッサリ姿を消したが、中の人は相当大変な仕事量だったに違いない。












