【プロレス蔵出し写真館】冬季五輪が北京で開催中だ。開幕前に話題を集めたのは、報道陣の取材拠点となるMMC(メインメディアセンター)に登場した、調理から配膳までを自動化した〝ロボット食堂〟だった。ただし、注文できるメニューは6品だけ。味も不人気だったようで、大会開幕後には注文が激減したという。

 北京の料理といえば、今から31年前の1990年(平成2年)、新日本プロレスが行った中国遠征を思い出す。

 9月1、2日の両日、黒龍江省のハルビン市労働者体育館で中国で初のプロレス大会「日中友好ワールド・プロレス」を開催した。この大会には当時、議員活動がメインだったアントニオ猪木も参加した。

 猪木ら新日本一行は、8月30日にハルビン市に到着。熱烈歓迎を受け、翌31日から地元テレビ局の宴が用意されていた。そして、ハルビンでの興行を終え、北京に移動してからも様々な関係者が主催する宴会が続いた。
 
 そして、そこで出された料理がすごかった。カエルの空揚げ、ラクダの太もものスープ、ナマコの姿煮、芋虫の空揚げ、犬肉の空揚げ等々。いわゆる〝ゲテモノ〟料理のオンパレード。

 北京の料理店「孔膳堂」ではサソリの空揚げが用意され、サソリならやはりサソリ固めの長州力。そんなベタな発想で写真をお願いすると、「格好だけだからな。食べないゾ」そう念押ししてから、写真に納まった。
 
 というのも、連日の中華料理で腹を壊す選手が続出。トイレに駆け込み、その後はグッタリという有様だった。長州も例外ではなく、サソリでのダメ押しを回避したかったのだろう。

 5日、成田空港に帰国してからも、ほとんどの選手がトイレに直行した。

 さて、中国で2月10日の東京ドーム以来、202日ぶりに試合をする猪木は、試合当日、異常にピリピリしていた。というより、ピリピリさせてしまったという方が正解かもしれない。試合前、猪木に現地・ハルビンとわかる場所での〝絵作り〟をお願いし、選手全員で目的地に向かった。すると思いのほか遠く、猪木の怒声が飛んだ。

「まだ着かねぇーのか! 俺は練習しなきゃダメなんだ!」

 何とかなだめて写真撮影を終えると、猪木は会場に到着するやいなや、マットの感触を確かめるため足早にリングに向かった。

 試合は初日がシングルで後藤達俊と激突。延髄斬り2連発から卍固めを決め勝ち名乗りを受け、2日目は長州力とタッグを組み、後藤&ヒロ斎藤組と対戦。斎藤を延髄斬りでフォールし連勝を飾った。

 試合後、星野勘太郎が、「(猪木のファイトは)良かったな」と我々マスコミに同意を求めた。久々の試合を見守った星野は、猪木が思いのほか動けたことが嬉しそうだった。

 猪木は控室で、「オゾン層破壊で問題になっている南極に興味がある。観客がゼロでも構わない。自然保護をテーマにした南極大会をやる」とブチ上げた。その後、何度か開催実現という報道もあったが、結局、実現には至っていない。

 ところで、その後、中国で興行を開催したのは女子プロレスのJWPだった。キューティー鈴木、尾崎魔弓らが95年5月に、北京と天津で試合を行った。

 猪木はこの事実を知ってか知らずか、11年9月16日、SMAPが北京で初の海外公演を行い、4万人を動員して大成功を収めた後、「中国でイベントを開催できたのはウチ(新日本)とSMAPだけ」そう自慢げに語っていた。

〝未開の地〟開拓に意欲を燃やした猪木。「南極でプロレス」――猪木の悲願を引き継ぐ者は今後、現れるだろうか(敬称略)。