秋山が苦悩激白! DDT移籍の真相 「俺は全日の老害」

2020年07月16日 12時00分

秋山は都内の神田明神で思いの丈を語った

 全日本プロレスからDDTにレンタル移籍した秋山準(50)が本紙のインタビューに応じ、王道マットを離れた“真相”を激白した。全日本社長を退任した1年前から自身を取り巻く状況が厳しくなり、団体との間に「溝」が生じているのを感じたという。今後は必要とされるDDTマットに専念する一方、デビュー30周年となる2022年を一つの区切りとする覚悟だ。

 ――移籍後の反応は

 秋山 連絡があったやつもないやつもいた。俺がいなくなって「やったー」と思ってるやつもいるんじゃない(笑い)。

 ――全日本ファンには不安の声もある

 秋山 心配はないですよ。(秋山に代わり若手を指導する)TAJIRI選手は素晴らしい技術を持っていますから、確実に変わりますよ。特に“魅せる”部分で俺よりずっと優れているから。

 ――取締役を「解任された」との告白が衝撃を与えた

 秋山 結果が出なくて「お引き取りください」って言われるのは当たり前のことだから納得してます。「解任」という言葉を使ったのは、実際にそうだからです。

 ――スキャンダラスな印象がある

 秋山 1年前まで社長をやっていた人がレンタル移籍になったら驚くよね。俺だって、こうなるとは思わなかった。ただ社長を辞めてからかな、思うところはあった。だって使う場所はなくて、使い勝手は悪いし、ギャラは高いし、どうすんだよって思うよ。まあ、全日本にとっては老害だね。

 ――老害ですか…

 秋山 どう俺を扱っていいか分からない感じになっているのを感じた。宮原健斗、ジェイク・リー、青柳優馬たちを上げないといけない中で俺自身、一線から引くようにしていた。それがオーナー(福田剛紀社長)に「まだできるのに引いて…」と思われたのかもね。

 ――解任されたコーチ業については

 秋山 反省してるのは「俺がこう教えられて、俺ができたから同じ教え方でいいんだろう」って思ってやっていたのがよくなかったかなと。今の子たちはもっと「ああしろ、こうしろ」とナビゲートしてあげないといけなかったと思う。

 ――事実上の完全移籍ではとの見方もある

 秋山 それは俺にも分からないよ(苦笑い)。まず(レンタル期間の)年末までは会社同士のこと。その先に全日本から「もういいです」って言われるかもしれないし。その場合にDDTが受け入れてくれるかもしれないし、受け入れてくれないかもしれない。

 ――全日本の今後の参戦は? 昨年6月3日に交通事故で死去した青木篤志さんのメモリアル興行(8月15日、東京・後楽園ホール)出場は決まった

 秋山 必要とあらばじゃないですか。俺が考えることじゃないですし。

 ――2022年は全日本の旗揚げ50周年だ

 秋山 その年がデビュー30周年でもあるから一つの区切りであるのは変わらない。もし辞める時はスパンといけるかなと思う。今回だってDDTの話がなくて、ファンも必要ないなと思った時は「辞めようか」となっていたかもしれない。今は高木(三四郎DDT社長)さんのおかげでリフレッシュできたので、選手寿命が延びたかもね。

 ――なるほど

 秋山 とりあえず30周年まではいきたいな。今の感じなら超えられそうな気もするけど。中途半端に29年とかで辞めたくない。ジャンボ鶴田さんが26年、三沢光晴さんが28年やったのか。尊敬する先輩で抜けなかった人たちだから、キャリアだけでも抜いて辞めたいね。

 ――全日本社長就任時に「ジャイアント馬場さんへの恩返し」との言葉を使った

 秋山 馬場さんから教わったことを若い人に教えるのが恩返しだと思ってる。その場所が変わっただけ。請われれば誰にでも教えていたので、それは変わらない。

 ――最後に

 秋山 レンタルとはいえ、ここに来たんだから全日本には負けません。今はバリバリ新日本プロレスが先頭を走っているけど、そこも目標に。若い選手も新日本に負けない気概を持ってほしい。新日本を射程圏に収められるところまでいかせたい。そのために呼ばれたんだと思ってます。

 〇…あきやま・じゅん 1969年10月9日生まれ。大阪・和泉市出身。専大卒業後にジャイアント馬場のスカウトで全日本プロレスに入門し、92年9月17日の後楽園大会で小橋健太(現建太)を相手にデビュー。2000年7月にノアに移籍するが、13年7月に全日本に再入団し社長も務めた。今月1日付でDDTにレンタル移籍。必殺技はエクスプロイダー。188センチ、110キロ。