1970年代から80年代にかけて新日本プロレスやWWF(現WWE)で一時代を築いたキラー・カーンが、3月にS状結腸がんであることを告白。闘病生活に入っている。195センチ、145キロの日本人離れした体格を誇ったスーパースターだっただけに、病魔にも打ち勝ってくれることを信じるしかない。

 カーンといえばやはりWWFでモンゴリアンスタイルを確立させ“大巨人”ことアンドレ・ザ・ジャイアントと展開した人間離れした一大抗争が記憶に残る。

 特に81年5月2日ニューヨーク州ロチェスターで、アンドレの右足をニードロップで骨折させた試合は、今でも伝説として語り継がれ、カーンは一気にトップヒールの座を獲得した。実は後日になって、大巨人が試合中に左足を負傷したため、カーンが機転をきかせてニードロップで強引に試合を終わらせたと明かしている。それでも「アンドレの足を折った男」の看板はあまりに強烈で、カーンにとっては生涯の“名誉”となった。
 こんな大事件が遺恨劇=注目カードに発展しないわけがない。負傷から約2か月後にアンドレは復帰。同年7月20日MS・G大会ではカーンと遺恨決着戦に臨んでいる。

『7月のMS・G定期戦が20日(日本時間21日)に行われ、再起した“大巨人”アンドレ・ザ・ジャイアントが足をヘシ折られた問題のキラー・カーンと対戦した一戦はすさまじい殴り合いとなり、20分フルタイム戦って引き分けに終わった。試合前の大巨人は「カーンの足をヘシ折るだけでは腹の虫が治まらん。ヤツの首をネジ切ってやる」とエキサイト。5月2日にカーンのニードロップで左足を骨折。以来、カーンへの復讐に燃え続けたジャイアントには待望の一戦だ。カーンは倒れた大巨人の左足にニードロップ連打。「ウオーッ!」と大巨人の悲鳴が会場に響く。またもや「5・2決戦」の再現か? 大巨人は大の字だ。カーンは一気にフォールを狙うが、大巨人は大木のような上半身でハネのける。鬼のような形相で大巨人がカーンに立ち向かったところで時間切れのゴングが鳴った。しかし大巨人はカーンの首をバカでかい両腕で絞め続けて離さない。口から泡を吹くカーン。大巨人の巨体は完全に憎悪の塊と化していた。マイクをとると代表のビンス・マクマホン氏(シニア)に「もう一度やらせろ。俺はカーンをぶち壊すまでやる。殺すまで追い回す」と叫び、カーンは「今度は両足をヘシ折ってやる」と絶叫した』(抜粋)

 もう一度どころではなかった。この抗争はWWFのドル箱カードとなって約2年半にわたり、数万人規模の大会場でシングル戦が組まれるようになり、全米のファンを沸かせ続けた。ある意味、当時のWWFヘビー級王者のボブ・バックランドを上回る人気を保持し続けた。2人の激突は同年から新日本でも実現し、爆発的な人気を呼んだ。

 カーンはその後全日本を経て87年にWWFに再登場。“超人”ハルク・ホーガンと抗争を展開した時期もあったが、同年11月に突然引退してしまう。プロレス界からは距離を置いて、やがて飲食業に転じた。しかし大巨人や超人と激闘を展開した男が病魔に負けるわけがない。一日も早い回復を祈るばかりだ。(敬称略)