〝世界の荒鷲〟こと新日本プロレスの坂口征二相談役が、2月17日に80歳の傘寿を迎えた。団体は旗揚げ50周年イヤーで、8月にはデビュー55周年、11月には利子夫人との金婚式を控える。まさに豪華な記念イヤーとなった。

 今から55年前の1967年2月17日、柔道日本一の金看板を背負って日本プロレスに入団した坂口は、そのままジャイアント馬場と渡米。ハワイを経てロサンゼルス入りすると、ミスター・モトの下でプロレス修行に明け暮れ、7月には“神様”カール・ゴッチ道場に入門。そして8月5日(日本時間6日)にカリフォルニア州サンバーナーディーノ・スポーツアリーナでスティーブ・コバックと待望のデビュー戦に臨む。新人ながらセミファイナル登場、しかも本紙はこの試合を結果と詳細に分けて、2日も1面で報じるという破格の扱いだった。

「坂口は中堅のラフファイター、コバックと対戦。勝敗のポイントとなったのは、坂口のすさまじい空手チョップ7連打だった。スタートは坂口が不利。コバックは顔面を狙ったパンチ、目潰し、ヘッドロックからの顔面攻撃と、反則チョークで坂口を絞め上げた。しかしこれが血の気の多い坂口の闘志に火をつける結果となった。ものすごい怒りの形相になって逆襲。107キロのコバックも坂口に捕まったらたまったものではない。たちまち豪快な払い腰でキャンバスに叩きつけられ、往復ビンタ(張り手)で殴り飛ばされ、水平打ちの7連打を食らって決定的なダメージを受けた。コバックは立てず、坂口は人形を投げるように払い腰、左跳ね腰で叩きつけて4分51秒、上四方固めでフォールした」(抜粋)

 圧巻のデビュー戦。本紙は「若さにあふれ1発、2発とパンチを食ってもはね返す弾力と耐久力。目には目、先輩でも遠慮はしないというガッツ。張り手、空手チョップにすさまじい威力を発揮するグラブのような手と、怪力を秘めた丸太のような腕は、坂口の大きな武器だ。払い腰、左跳ね腰といった柔道の技は文句のつけようがない。今後の坂口の秘密兵器となるだろう。シュミット流バックブリーカー、パイルドライバーも坂口が使いこなすようになれば、他のレスラーの2倍、3倍の破壊力があることは間違いない。鬼師範のカール・ゴッチが、今後どう指導していくかに注目が集まる」とほぼ“満点”を与えている。

 師匠のゴッチは「すばらしいデキだった。私がデビューした時よりいいデキだ。ディフェンスに研究の余地があるが90点をつけたい」と絶賛。受けた坂口は「(90点は)ありがたいですよ。これからもっと一生懸命やりたい。生意気なようですが、プロレスはまだまだこんなもんじゃないと思っています」と初々しい笑顔を見せた。

 坂口はここから連戦連勝を続けるのだが、何とデビュー翌月の9月20日(日本時間21日)には師匠のゴッチと初の一騎打ち。柔道殺法で押しまくり、30分時間切れ引き分けの快挙を演じている。ゴッチは「やられて満足。うれしいよ」と素直に弟子の成長を認めている。

 坂口は69年3月に凱旋帰国。4月5日蔵前の第11回ワールドリーグ戦開幕戦で吉村道明と組んでメディコ2号&3号と対戦。2号をアトミックドロップで葬り、日本デビュー戦を飾った。そのままワールドリーグ戦に初参戦し“世界の荒鷲”として大きく羽ばたくことになる。

 傘寿の次なる目標は「米寿(88歳)までは元気でいたい」と語るが、現在でもジムに週3回通うなど、精力的だ。“世界の荒鷲”には永遠に元気なままでいてほしい。
 (敬称略)