ハイブリッドレスラー・船木誠勝(53)が、これまでに遭遇したさまざまな事件の裏側や真相を激白する大好評企画。今回は1988年、新日本プロレス時代の船木が被害にあった〝レガース隠匿事件〟にスポットライトをあてる。UWFに傾倒していく若手に対する新日本プロレス幹部の嫌がらせと思われるが、その顛末とは――。


【THE FACT~船木が見た事件の裏側(12)】いくら探しても、どこを探してもないんです。東京・野毛の新日本プロレス合宿所更衣室に置いてあったレガース(脛あて)が。同じくレガースを付けて試合していたライガーさん(当時は山田恵一)のと自分のレガースが、煙のように消えていました。

 ライガーさんはこうつぶやきました。「もしかして隠されたか」。そう思ったのも無理はないんです。伏線はしっかりあったんですよ。順を追って話しましょう。

 レガースがなくなる前年の87年、藤原(喜明)さんとのスパーリングで首を痛めてしまったんです。すると(アントニオ)猪木さんが「いい整体がある」と東京・東中野にあった骨法を紹介してくれました。治療もしていたんですが、武術もやっていたんで誘われてやってみたんですね。骨法もレガースを付けて戦うので、そこで自分も付けたんです。そのうちライガーさんが海外武者修行から帰ってきて一緒に行くようになりました。

 そうこうするうちに、骨法の堀辺正史師範(故人)に骨法のコスチュームをプレゼントされ、ライガーさんと2人で上下骨法のコスチュームで暮れの両国国技館大会に出たんです。お客さんもすごく盛り上がってくれました。

 その日は、たけしプロレス軍団の登場で暴動が起きて、それに紛れてコスチュームに関しては誰からも何も言われなかった。だから、そのままレガースを付けて試合をしていたんです。

 でも、それから年が明けて3か月くらいたったころでしょうか。、新日本の〝上層部〟からこう言われました。「レガースを脱いでくれ」。

 当時の新日本プロレスの上の方には、UWFに対するアレルギーがあったと思います。レスラーの中にもマスコミに「俺たちはプロレスをやってるんだ。キックボクシングじゃないんだ」とUWFへの嫌悪感を露にする人もいたそうです。だからUWFスタイルの象徴ともいえるレガースは、そういう人たちにとっては嫌悪の対象。だから「レガースを脱いでくれ」となった。

 でも、ライガーさんは「いや、これは個性なんで脱げません」と〝上層部〟からの要請をその場で一蹴したんです。自分はライガーさんが言ってくれたんでホッとしました。

 ところが、そのやりとりがあった後、きっかり次のシリーズの前日に自分とライガーさんのレガースがなくなった…。ライガーさんが「隠された」とつぶやいたのも当然なんですよ。ライガーさんは試合用の赤のレガースがなくなったんで、練習用の黒のレガースでシリーズを通しました。

 シリーズが終わって合宿所に戻って、しばらくするとレガースが戻ってきました。合宿所更衣室のロッカーの一番上の高いところに、袋に入れられて置いてありました。ライガーさんと2人で「あぁ、あきらめてくれたんだな」と解釈しましたね。

 犯人は特定できませんでした。でも、それだけUWF色を受け入れない考えが〝上層部〟にはあったということです。自分たちとしてはUWFじゃなく骨法だったんですけど、骨法もイヤだったんじゃないですか。前田(日明)さんが結局新日本から出されたのも、UWFを入れたくなかったという考えが根底にあったと思いますよ。


【今回の事件】1986年から本格的に新日本プロレスに出戻り参戦したUWF。その独特のファイトスタイルから新日本の選手とたびたび衝突したが、一方で一部の若手選手から絶大な支持を受けた。この状況に新日本の〝上層部〟はイラ立ち、UWFスタイルの象徴ともいうべきレガースを隠すという何とも稚拙な妨害策に出たと思われる。

 ☆ふなき・まさかつ 本名は船木優治(まさはる)。1969年3月13日生まれ、青森県弘前市出身。84年、新日本プロレスに入門。翌年に15歳11か月の史上最年少デビュー(当時)を果たした。89年、UWFに移籍。その後、藤原組を経て93年にパンクラスを設立。ヒクソン・グレイシーに敗れ引退したが、2007年に現役復帰。現在はフリーとして活躍。181センチ、90キロ。主なタイトルはキング・オブ・パンクラシスト、3冠ヘビー級王座。得意技はキック、掌底など。