今回は特別編。昭和30年代に活躍したマスクマンを力道山の解説で振り返る。
“白覆面の魔王”ザ・デストロイヤーとの初対決(1963年5月24日東京体育館)は全国的な話題を呼び、足4の字固めが決まったままレフェリーストップに終わる歴史的名勝負となり、実に視聴率64%を記録した。
決戦から3日後(63年5月27日)に発行された本紙では、デストロイヤーの驚異的な強さにより一気にクローズアップされた覆面レスラーの特集を組み、その謎と歴史を徹底解剖している。
「昭和34年3月、日本のリングに突如として赤覆面の正体不明のレスラーが登場してファンを驚かせた。ミスター・アトミック。日本のプロレス界に最初に登場した覆面レスラーだ。当時、『月光仮面』や『スーパーマン』に人気が集中。謎のヒーローブームが起きていたため、アトミックは異常な人気を呼んだ」。アトミック戦の詳細は「スター列伝」でも触れた。
記事では「アトミックの登場後に日本のリングには次々と覆面レスラーが登場。ミステリーの魅力と凶悪な反則攻撃でファンを沸かせた。人間の本能である『のぞき』の興味は正体を探ることでかき立てられ、マスクマンの凶暴な反則で血とスリルを求める本能を満足させた」と説明している。「アトミックは現在に続く流血戦、凶器を使用した反則攻撃を日本に持ち込んだ張本人として長く記憶される存在だ。しかし昨年の第4回Wリーグ戦では往年の凶悪さを失い、成績もパッとせず途中で帰国した。力道山は『再来日で日本のファンにこびたのが原因。やはり覆面レスラーは善玉ではいかん。ファンにミステリーの興味を抱かせないと』と語った」
さらには「現在のプロレスが『見せる』ということを狙いとしている以上、マスクマンの存在はうってつけ。特にリーグ戦など長期にわたるものには不可欠だ」と力道山のプロモーターとしての視点の鋭さを記している。
力道山は「総合力から言えばデストロイヤーとミスターXがA級。これに次ぐのはアトミック、ロニー・エチソン(キング・オブ・マスク)、ゼブラ・キッド、B級がキラー・X、ロッキー・ハミルトン(ミスター・フー)…。エクスキュースナーは査定外だね」と、本名を暴露しながら各マスクマンの実力を冷静に分析。プロレス創成期の覆面ブームは、やはり力道山の優れたプロモート能力とアイデアによるところが大きかったようだ。 (敬称略)












