【プロレス蔵出し写真館】懐かしい昭和の風景…列車移動で笑顔を見せる馬場、猪木、藤波

2020年08月23日 11時00分

駅弁販売のおじさんの後方で笑顔の藤波と木村(右)

 今から46年前の1974年5月28日、宮城・仙台駅ホームで駅弁販売のおじさんを手前に、停車中の列車内で笑顔を見せる藤波辰巳(現・藤波辰爾)と木村聖裔(後に木村健吾=右)。

 前日、宮城県スポーツセンターで試合を終え、この日は在来線(東北本線)で盛岡へ向かう出発前の写真。東北新幹線はまだ開業前だ。

 昔は、駅弁を肩掛け箱に入れ「弁当~、弁当~」と声を張り上げホームを歩いて駅弁を売るおじさん(立ち売りというらしい)をよく見たものだ。遠出の旅行に出かけると、列車の窓を開けておじさんを呼び、弁当を購入し車内で食べるのが楽しみだった。

 今ではほとんど見かけなくなった立ち売りだが、ネットで検索してみるとまったくなくなったわけではなく、一部の駅ではまだあるらしい。

 立ち売りが衰退してしまったのは様々な理由があるようだが、列車の高速化で乗車時間が短くなったり、窓を開ける習慣が減った、乗車前に買える駅弁の種類が増え充実したなどなど。
 
 写真に写っている老舗の「こばやし」も今では立ち売りはやっていないそうだ。

 さてプロレスの巡業も、1970年代半ばに移動バスが各団体(新日本、全日本、国際プロレス)に導入されてからは列車での移動はほとんどなくなった。
 
 バスの車内はレスラー仕様に改造された快適なつくりになっていて、広めのリクライニングシートでビデオ完備。ホテルから直接次の目的地のホテルまで移動できるので楽なのは間違いない。

 87年に「天龍同盟」を決起した天龍源一郎と阿修羅原さんはバスに乗らず、列車移動していたこともあったが、これは特殊なケースだろう。

 駅弁を立ち売りする駅がほとんどないのと、プロレス巡業がバス移動になったこともあり、何気ない写真だがこのような風景は今後見られないだろう。