【長嶋清幸 ゼロの勝負師(41)】2018年を最後にコーチを離れ、中日の編成部の仕事を始めた。19年オフに中日を退団してアマチュアの指導者資格を回復させたが、それ以前も含めて、再就職の話がどこからもこない。あってもまとまらなかった。野球はもう潮時かもしれない…。

 20年2月ごろ、愛知の犬山と千種に「元祖台湾カレー」2店舗を経営していた知り合いのオーナーが声をかけてくれた。「マメさん、新しい仕事は決まったんですか?」「いや、まだ決まってないよ」「台湾カレーやってみんですか?」と…。

 千種店は名古屋市内の便利な場所だったんで、まだお客さんが来るんだけど、郊外の犬山店は売り上げが厳しかったみたいで、スタッフもストレスを抱えてしまっていると…。バイトだけになることもあって、料理の質も落ちていく。犬山店を何とかしないと閉めないといけないということだった。

 現役時代から球界を離れたら飲食しかやれることはないかもしれない、とは考えていた。かといって興味があったわけでもないし「そんなこと言われてもやったこともないし、できないよ」「いや、マメさんならできるかなと思って」と…。いやいや、さすがにカレー屋をやるなんて頭にないもの。しかもオーナーはオファーから1か月後の3月までに返事が欲しいと言う。でないと店を閉めないといけないと…。

 新型コロナの影響もあって売り上げが伸びなくて、どうにもならない。マメさんがやってくれるならフランチャイズののれん分けではなく、経営の全権を譲る。オーナーとして1本でやってくれ。居抜きでやって、屋号も何もかも好きなようにやってくれと…。

 千種店のほうには何度か行ったことがあるし、おいしいカレーだというのは分かっていた。将来はフランチャイズを増やして全国展開にするとオーナーは言っていたんだよ。犬山店も同じ味のはずなのに、なんでこんなことになったのか。聞くと、以前は手作りカレーだったのに、レトルトに変えていたという。工場で作ったものを運んできている。レトルトの味、ミンチも違ったんだ。犬山店に様子を見にいってみると、お客さんもほとんどいない。やるとしたら何からやらなアカンのか…。

 もし、俺が本当にやっていくならレトルトではなく、手作りを前面に出さないとお客さんは戻ってこないと思った。手間暇かかるし、コストもバイトの人件費もかかる。新型コロナ禍の影響で食材の仕入れ値も上がってきている。カレーに添えるネギだってその辺のものは使えない。

 でも新しい挑戦だし、やりながら学んでいけばいいや。20年4月、俺はカレー屋のオーナーとして第2の人生をスタートさせた。料理の修業をして、スタッフを集め、1日オープンの準備をしていた。そんな矢先に緊急事態宣言…。波乱の船出になってしまった。