DeNA・三浦新監督が本紙元担当記者に注文「選手をどんどん取り上げてくれ」

2020年11月19日 11時00分

背番号「81」のユニホームを着てポーズをとるDeNAの三浦大輔新監督(代表撮影)

【取材のウラ側 現場ノート】ついに「ハマの番長」から“ハマのボス”へと成り上がった。DeNAの新監督に、今季まで二軍監督を務めた三浦大輔氏(46)が就任した。

 背番号は自らが背負ってきたエースナンバー「18」を返上し「81」へと変更。17日の就任会見では「結束」をスローガンに掲げ「目指すのは優勝だけ」とビシッと決めてみせた――と“知ったふう”に書かせていただいているが、実はこの席に私はいなかった。

 それどころか、三浦新監督誕生の記事が掲載されたのは「東スポWeb」のみ。紙面には写真すら掲載されていなかった。紙面の都合などがあったにせよ、こうなっては言い訳は無用だ。個人的には2006年当時の横浜ベイスターズ担当記者として、同い年の「三浦投手」には大変お世話になっていた身。45年ぶりという、横浜生え抜きの監督。その晴れの席に出席できなかったことは、まさに非礼極まりないことだった。ましてや、三浦監督はプロレス、競馬を網羅する東スポの長年の愛読者でもあるのだ。

 就任会見の翌日。私はその一切をおわびすべく、恥を忍んで三浦監督へと電話を入れた。着信拒否…いや、取材拒否まで覚悟した。

 プルルル…プルルルル…プル…ここで呼び出し音が止まった。一瞬の静寂が訪れたのち「もしもし?」。三浦監督の声だった。意表を突かれた私が恐る恐る話しかけると、すべてを察した三浦監督はクスクス笑い始めると、こう切り返した。

「そういや、東スポに(会見が)一行も載ってないって、どういうことだよ!? 逆にびっくりしたわ! もう東スポ読まねーぞ!」

 いきなり“インハイ”を攻められた私は「こ、これは何かの手違いで…」と答えるのが精一杯。とっさに「これからは、ば、番長の記事をどんどんと…」と取り繕った。すると監督はそこだけ少し真面目になり、こう語った。

「いや、もう俺はええから、その代わり選手をどんどん取り上げてくれ。そっちの方をヨロシク頼むわ!」

 担当記者を離れて久しいだけに、いまだに「三浦投手」の感覚が抜けきれなかった私だが、当然ながら本人はすっかりチームを請け負う「指揮官」としてのスタンスを確立していた。これには本当に恐れ入った。

 奈良のヤンチャ坊主があこがれのプロ野球へ。現役時代はチームのエースを張り続け、引退後ついに監督の座へ――。自身が敬愛してやまない、矢沢永吉ばりの“成り上がり”を自ら体現してみせた三浦大輔監督。チーム、選手はもちろん、東スポは「ハマのボス」もしっかり追いかけていきます!