「現役続行」松坂大輔を支える〝もう一人の大輔〟の存在

2020年11月04日 05時15分

松坂にはまだ頑張ってもらわなければいけない

【楊枝秀基のワッショイ!スポーツ見聞録】プロ22年目の西武・松坂大輔投手(40)が来季も現役続行する方向で話が進んでいる。今季は14年ぶりの古巣復帰となったが、7月には頸部の手術を受けるなど一軍未登板。並の選手なら戦力外は避けられないところだが、松坂がいることの価値を認められた形だろう。

 横浜高時代から「平成の怪物」と称され、高3時の1998年には甲子園で春夏連覇。世間から注目の的となっても、プロ1年目から16勝を挙げるなど動じることなく実力を発揮してみせた。メジャーを経て、日本球界復帰後は故障続き。世間やネット上で大バッシングを受けても、反論もせず自分を崩さない胆力はハンパない。

 このメンタリティーはどこからくるのか。40歳になってまで、アスリートとして最前線で戦うモチベーションをどう保っているのか。たくさんの理由はあるだろうが、そのうちの一つは〝もう一人の大輔〟の存在があったことは間違いない。

 松坂が甲子園で春夏連覇を決めた直後、9月に生まれた大輔。まだ1歳になる前のころ、練習日の西武第二球場で小さな大輔と大きな大輔は一枚の写真に収まっている。当時、西武でトレーニングコーチを務めていた岡本光さん(現大阪・藤井寺市議)の二男こそが、その大輔だ。

 命名時には西武に入団するとは予想もしていなかった。横浜(現DeNA)以外なら社会人と進路表明していたからだ。ただ、ドラフトでの運命のイタズラで縁がつながった。岡本さんも巨人で活躍した元投手。そういう事情もあって、入団直後の松坂は公私にわたって岡本さんを頼った。

 岡本さんは「(愛息の)大輔がドラフトされたら、大輔と投げ合っている試合を見てみたいもんやなあ。18歳と36歳やったら可能性あるかも」と当時は冗談交じりに話していた。松坂も「絶対に負けられないね」と笑って返していた。

〝もう一人の大輔〟は野球街道を突っ走った。地元大阪から名門の早実、早大で野手としてプレーし、今年は4年生。もしプロに入れば2021年に対戦が実現するかもしれなかったが、それはかなわなかった。

 大輔が来るまで現役でいよう。そう松坂が思う以上に、岡本大輔さんは大輔さんのいるプロへと努力したことだろう。こんな夢のある話をできるのが、スーパースターの存在感と言っていい。今季登板なし、手術明けでも契約しようという魅力なのだろう。

 背負っているものが違う。応援している人数も桁が違う。スターとしての器。これ以上を求めるのは酷だが、松坂にはまだ頑張ってもらわなければいけない。

☆ようじ・ひでき=1973年8月6日生まれ。神戸市出身。関西学院大卒。98年から「デイリースポーツ」で巨人、阪神などプロ野球担当記者として活躍。2013年10月独立。プロ野球だけではなくスポーツ全般、格闘技、芸能とジャンルにとらわれぬフィールドに人脈を持つ。