引退会見・阿部の壮絶いじめられ体験

2019年09月26日 16時30分

宮崎キャンプで松井氏(左)と話す阿部(2015年2月)

 阿部が19年間の現役生活にピリオドを打った。球史に残る名捕手を取材できる機会に恵まれたのは記者冥利に尽きるが、一方でこんな妄想もしていた。もし、阿部がメジャーでプレーしていたら――。阿部は兄貴分と慕う松井秀喜のヤンキース移籍をきっかけに米国野球に関心を持ち始めた。当時の私は巨人と並行してヤ軍所属だった松井の取材もしていて、事あるごとに「慎之助に早く来いって言っておけよ」と言われた。名将ジョー・トーリ監督も2004年に日本での親善試合で対戦した阿部を「素晴らしい技術を持った打者だ」と絶賛していた。

 その言葉を伝えると、阿部は「おれがトーリと一緒に野球したらどうなるんだろうなあ」と、つぶやいた。夢への熱い思いは日に日に高まっていたように思う。そして日本球界を代表する捕手としての地位を確立した07年オフには「それは時期が来たら話さなきゃいけないこと」とメジャーへの思いを初めて公言。気持ちは米国行きへ傾きつつあった。

 だが、海外FA権取得を翌年に控えた09年のシーズン中、阿部は私に、こう打ち明けた。「もうメジャーで、という気持ちはないよ」。意外だった。真意を問うと「なにもメジャーが最高の舞台とは限らない。日本のプロ野球のレベルが高くなって盛り上がることが大事。その中で巨人を世界一と誇れるチームにすればいいんだ」。実際、同年オフに巨人と最大4年の長期契約を結び、メジャーへの夢を封印した。

 阿部はジャイアンツ愛を貫いた。ただ、松井もほれ込んだ打撃が、本場でどれだけ通用するのか見られなかったのは少し心残りでもある。

 現役引退後、誰もが期待するのは「阿部監督」の誕生だろう。その点は成功を確信している。根拠は阿部の過去の体験だ。「俺は中学生のころにいじめられたことがあるんだ。暴力的な生徒に毎日のように殴られたりして…。ある時、意を決して向かい合って暴力はなくなって、今では会えば普通に話をする間柄だけどね」

 明るいキャラクターで人気者の阿部がいじめを受けていたのは意外に映るかもしれない。だが、つらい経験をしているからこそ、弱い立場の人間の思いもくみ取れる。それこそが阿部の魅力なのだ。

 阿部は毎年オフに地元である千葉県浦安市の福祉施設を訪問している。「そこには様々な障害を持っている子供たちがたくさんいる。俺が施設に行くことでみんな喜んでくれるけど、実はこっちの方がみんなからパワーをもらって励まされるんだよ」。この“優しさ”こそ、人の上に立って組織を率いる時にきっと生かされるはずだ。