【闘魂三銃士、nWo…激闘の舞台裏 蝶野正洋自伝 黒の真実(23)】海外遠征から新日本に戻った翌年、1990年2月の東京ドーム大会で橋本(真也)選手と組んでアントニオ猪木、坂口征二組と戦った。いわゆる“時は来た”事件だ。
テレビ局側から控室にカメラが入るとは聞いてはいたが、何を言うかまでは決めていなかった。俺たちはどちらが最後にコメントするかでもめていた。ここで思い出したのが、ドイツ・ブレーメンでプールに行った時の話だ。
飛び込み台が何個かあって2メートル、3メートル、5メートルまでは2人で飛んだけど、10メートルの台の上でさすがに怖くなって「どっちが先に行く?」と、もめていたら下に人が集まってきた。橋本選手は「先に行く!」と譲らない。2~3分たって、覚悟を決めた橋本選手が飛び込むと、拍手喝采。ガッツポーズを決めて振り返った橋本選手の顔面は鼻血だらけになっていた。
つまり橋本選手は目立つ方をやりたいんだ。でも、マイクでろくなことをするわけないことはテネシーのころから知っている。「俺が締めるから」と言っていたら、坂口さんと猪木さんの控室から中継が始まった。
自分たちが先だと思っていたから「俺らがトリなの?」って目が点になった。橋本選手は「俺が行く」の一点張り。しょうがないから譲ることにした。2人の最後というのはすなわち、4人の締めだ。坂口さんが普通にコメントして、猪木さんがテレビ朝日のアナウンサーにビンタ。俺が普通のコメントを出す。最後に何かひと言となったら「時は来た」って…。声が震えてたよ(笑い)。
グラーツの試合(※)と一緒だ。ろくなことがない。橋本選手とは前年に組んだ時も仲間意識なのか、俺に合わせて白のパンタロンをはいてきた。もう似合わないんだこれが。この時も俺が白の袴を着ると言ったら、白の浴衣を着て来て、武士が討ち死にに向かう時のような格好をしていた。
俺は笑ってるし、橋本選手も自分で言って振り向いて笑ってる。NHKの大河ドラマとかが好きだったから出た言葉なんだと思う。その前に何か入れようとしてたんだけど、飛んじゃったんだろうね。
大事な試合で気が抜けたところは見せたくないから何とか真剣な方に向けようとした。先ほどの失敗は忘れ、レフェリーのルー・テーズのボディーチェックを受けていると、猪木さんが「いくぞ」と言ってきた。「何のこと? 先発するってこと?」と思っていたらいきなり延髄斬りを仕掛けてきた。瞬間的に避けたら猪木さんがバーンとこけた。「テメエ、空気読めてねえな」って顔つきだ。もう何から何までバタバタだったよ(笑い)。
※1989年にオーストリア・グラーツで、蝶野と橋本は一騎打ちを行い、両者リングアウト。













