【グレイシーハンターの〝真実〟 IQレスラー桜庭和志 実録 桜道(17)】1999年11月21日の「PRIDE.8」でホイラー・グレイシー(ブラジル)と対戦しました。初めての「グレイシー一族」との対戦だったけど、印象としては「コイツ、調子こいてんなー」って思っていました。

ホイラー(左)のセコンドにはヒクソンがついた(99年11月)
ホイラー(左)のセコンドにはヒクソンがついた(99年11月)

 向こうから「対戦したい」と来たから「俺に勝てると思ってるんだ。このヤロー」ってね。当時は体重85キロでホイラーは69キロと16キロ差。「やられるわけないだろ」ってムカつきましたよ。それでも受けたのは「勝ったら次は兄のヒクソンと対戦する」と約束したから。それが条件でグレイシー側からもOKが出た。

 試合が始まると、ホイラーは常とう手段でテークダウンを狙ってきたんですけど、レスリングをやってたから倒されないじゃないですか。体重差もあるし。そしたら途中からは向こうが寝て「来い、来い」って言い始めたんですよ。「来いじゃなくてお前が俺を倒せよ」って日本語で言って(笑い)、上からローキックをバチバチ蹴ったわけです。

 この「猪木―アリ状態(※1)」でローキックを出したのはビクトー・ベウフォート戦からでした。立っている時と違って寝ているとカットできない。ホイラー戦でも見事に効いているのが分かりました。残り時間は5分。それで「最後はちょっと寝技に付き合った方がいいかな」と思って組んだら手首が取れて、そのままアームロックの体勢に入れたんです。

島田レフェリーが試合をストップ
島田レフェリーが試合をストップ

 ただ、ホイラーもタップはしない。残り2分。この試合は向こうの要求でレフェリーストップなし、時間切れは判定なしの引き分けと決まっていたんですよ。でも引き分けじゃ面白くない。だから島田裕二レフェリーに「このままいったら外れますよ!」って。レフェリーストップがないのは分かっていたから、お客さんへのアピールだったんですけど、島田さんが止めちゃったんです。

 その瞬間は「あら!? 止めちゃった? まあいいや。俺じゃねえし」って感じでした(笑い)。まあ普通に終わるよりはいいでしょ。盛り上がったし。ホイラーとかヒクソンがなんか言ってきたけど「俺が止めたんじゃないよ。レフェリーだよ、知らない、知らない。文句ならレフェリーに言ってよ」って。

 そんな状態だから試合前に約束していたヒクソン戦はなくなるなって思ったんです。それでもひと言は言っておいた方がいいかなとマイクで「お兄さん、次は僕と勝負してください」とアピール。結局、この決着が原因で試合は実現しませんでした(※2)が、翌年に無差別級トーナメント「PRIDE GRANDPRIX2000」に出場することになります。

 ※1…片方があおむけで横たわり、もう一方が立っている状態のこと

 ※2…ヒクソンは家族に不幸があり、実現しなかったと説明

 

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