【昭和~平成スター列伝】全日本プロレス、暮れの祭典「世界最強タッグ決定リーグ戦」(22日、後楽園ホールで開幕)が近づいてきた。今年は12チームが参加し、12月10日後楽園の優勝決定戦を目指して覇を競い合う。

ジャンボ鶴田のドロップキックがドリーにさく裂
ジャンボ鶴田のドロップキックがドリーにさく裂

 1978年から始まったリーグ戦は今年で47年目を迎え日本最長の歴史を誇っている。前身の世界オープンタッグ選手権でザ・ファンクスとアブドーラ・ザ・ブッチャー、ザ・シーク組が77年12月15日蔵前国技館の最終戦で歴史に残る壮絶戦を展開し、ファンクスが優勝。タッグリーグ戦の人気が大爆発したことを受けて、翌年から最強タッグ戦が正式スタートした。

 記念すべき第1回で優勝を飾ったのはジャイアント馬場とジャンボ鶴田のBJ師弟コンビ。少数精鋭の6チームが参加し、78年12月15日札幌の公式戦最終試合(45分1本勝負)で勝ち点6の馬場組と5点のファンクスが優勝をかけて激突した。

「御大・馬場の表情が厳しい。V1達成の執念はすさまじいものがある。先発は鶴田にドリー。ファンクスは素早いタッチワークでアームロック、リストロックを決める、『テリーの腰が悪いから短期決戦を狙う』とドリーが語ったように先制打を見舞う。しかし15分過ぎ、日本組がテリーの腰に集中打。馬場がコーナーからのジャイアントチョップ、鶴田がエルボー、パンチ、サバ折り。うずくまるテリー。20分過ぎには馬場がコブラツイスト。15分近くもコブラ地獄は続いた。やっとドリーにタッチすると鶴田にタックルからサイドスープレックス。必死のバックドロップがさく裂した。もう時間はない。残り3分、馬場がテリーに32文ロケット砲から16文キック。鶴田がドロップキック、カウントは2・5だ。残り1分。鶴田がテリーにバックドロップ。テリーが回転エビ固めを決めた瞬間、ゴング。時間切れ引き分けで馬場組が勝ち点7で初優勝を決めた」(抜粋)

 台風の目だったブッチャー、シーク組はシークがドリーの凶器攻撃で途中帰国(代役にキラー・トーア・カマタ)するアクシデントもあったが、馬場が意地を見せた優勝劇だった。

 和田京平名誉レフェリーは「オープンタッグの熱狂的な反応を見て馬場さんは『これはいける』と思ったんじゃないかな。馬場さんとジャンボが組んだら負けるわけにはいかないでしょう。当時の2人は最強だったし、記念すべき第1回を外国人に持ってかれたら面目が立たない。2人が優勝することでリーグ戦を磨いて権威づけようと意地になっていたと思う。馬場さんはまだ最盛期だったし、最強タッグの土台を築いた。だからその後にいろんなタッグができて多くの名勝負が生まれたんじゃないかな」と述懐した。今年の最強タッグも歴史に残る名勝負が生まれることに期待したい。(敬称略)