【レジェンド雀士からの金言】その圧倒的な強さと存在感ゆえ、麻雀ファンから〝総帥〟と呼ばれてきた前原雄大(68)。先日、体調不良のため同団体リーグをはじめ、全タイトル戦から身を引くことを衝撃発表したレジェンド雀士は今、何を思うのか。緊急インタビューの後編では令和の後進に伝えたいこと、勝負哲学、そして自身が思う〝真の強さ〟について語ってくれた。

 今年、68歳でA1リーグ(団体の最上位ランク)への復帰を果たし、トータル首位を走っていた中での休場発表。自らの体調を踏まえての決断で、「A1リーグの選手の方々に迷惑をかけるわけにいかない」と多くは語らないが、勝負師としては断腸の思いだろう。

 長年にわたり戦い続けてきた雀士は今、何を思うのか。まずは〝今〟のプロたちについて。日本プロ麻雀連盟で昭和の時代からプロテスト試験官を担当し、1万人以上のプロ志願者をその目で見てきた前原は、「かつては筆記はできないけど実戦はできる志願者が多かったんですが、昨今は逆の印象です。だから若手プロたちには、とにかく麻雀を打てと伝えたい。たとえ天才がいたとしても、量は質を超えるからです。寿人のように頭ではなく、体で打てるようになって初めてプロフェッショナルだと思うんですよね」と話す。

「麻雀界そのものは良くなってきている。でもプロが細かいことばかり気にし過ぎていて、本道を見失わなければいいなと願っています」
「麻雀界そのものは良くなってきている。でもプロが細かいことばかり気にし過ぎていて、本道を見失わなければいいなと願っています」

 寿人とは同団体の後輩で、鳳凰位を3度獲得している佐々木寿人とのことだ。「きちんとアガって、きちんと放銃するため、私と寿人には〝がらくた三箇条〟なるものがあります。発声はチーやポンでも心はリーチだから『鳴いたらオリるな』。調子がいい時に攻めないでいつ戦うんだという『愚形上等』。攻めていけば放銃はつきものなので『放銃万歳』。どんなに技術があったとしても、それを遂行する精神力がなければ戦うことはできません」

 2017年、前原は60歳で3度目の鳳凰位を獲得後、稽古量を月400から600半荘に増やし、翌年に連覇を達成。2018年、MリーグではKONAMI麻雀格闘倶楽部からドラフト指名を受けたが、体調は万全ではなかった。「鳳凰位を連覇した頃、脊柱管狭窄症に苦しんでいました。注射も効果はなく、足がちぎれたほうが楽だなというぐらいの痛みでした。Mリーグ参戦も正直悩みましたが、私は寿人マニアなんで共に戦うことを決断しました」

「Mリーグ」KONAMI麻雀格闘倶楽部の創設メンバー。左から高宮まり、佐々木寿人、前原(C)Mリーグ
「Mリーグ」KONAMI麻雀格闘倶楽部の創設メンバー。左から高宮まり、佐々木寿人、前原(C)Mリーグ

 だがMリーグ4年目シーズン契約前、自転車で転倒し右肩甲骨を骨折した。「誰もが何かしらを背負って対局していますが、引き際だと感じました」とチームには自ら退団を申し出た。今回の休場も所属団体の森山茂和会長と相談しての決断。開幕前は「体調不良に関しては医師と相談の上、1年間戦い抜くことを決意しました」と自らを奮い立たせていたものの、周囲への影響を考慮し、全タイトル戦から身を引く。忸怩たる思いだろうが、発表後、多くのファンや関係者からメッセージが寄せられ、今は感謝の気持ちでいっぱいだという。

「女房子供を食べさせるために麻雀をやってきたから、タイトル戦で負けた人が楽しかったというのがわからないんですよね」
「女房子供を食べさせるために麻雀をやってきたから、タイトル戦で負けた人が楽しかったというのがわからないんですよね」

 大事にしている言葉がある。「豊臣秀吉の軍師だった黒田官兵衛が隠居した時に黒田如水と名乗ったように、水のように澄んだ心境で麻雀を打つことを心がけ、如水(じょすい)という言葉はいつも胸に刻んできました。この言葉のおかげで『麻雀に生きる』という気持ちになれたと思うんです」
 前原にとって強さとは。「強い人間なんていない。人間はみんな弱い。私自身、自分が強いだなんて思ったことは一度もありません。しかも正直言って私は麻雀がうまくはない。今はできることならもう一度、寿人と戦いたいと思ってますけどね」

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 ★まえはら・ゆうだい 1956年12月19日、東京都生まれ。A型。早稲田大学卒。日本プロ麻雀連盟。主な獲得タイトルは第12・25・33・34期鳳凰位、第14・15・24・25・26期十段位他多数。著書は「麻雀 何が何でもトップを取る技術」。