【女流雀士NEXTヒロインインタビュー】今月からスタートした、Mリーグ入りもささやかれるほどの実力を持つ女性雀士のインタビュー。今回は、グラビアアイドルと麻雀プロの二刀流で活躍する篠原冴美の後編だ。インスタグラムフォロワー数46万人超の人気者となるまでに、どんな道のりがあったのだろう。
篠原の芸能界デビューは11歳、両親が芸能事務所に応募したことにさかのぼる。
「父はめちゃくちゃ麻雀好きで、職場の人たちを家に呼んでよく麻雀をやっていて、父から麻雀を教わった母も父に負けず劣らず麻雀好きという両親のもとで育ちました。でも私が中学1年生だったある朝、父がいきなりバタンと倒れて、心筋梗塞でそのまま亡くなってしまったんです」
38歳という働き盛りだった。
「母が一番しんどかったと思うんですよね。その頃の私は反抗期で、実は亡くなる前日に父とけんかしていたんです。私の悪ふざけが原因だったんですけど、父に謝れなかったことはものすごく後悔しました。葬儀後『俺たちの子供が芸能の仕事してるなんてうそみたいだな。冴美を応援していこうな』と父が話していたと母から聞いた時、この言葉を遺言として頑張っていこうと思ったんです」
高校生だった2010年、第1回ミスヤングチャンピオンでグランプリを受賞した。
「事務所からグラビアを勧められて、同席していた母から『やってみたらいいじゃん』と言われて始めました。ただ、グラビアは正直苦手というか、あまり好きじゃなかったんです。やっぱり水がないところで水着になることにはいまだ違和感しかない(笑い)。でもグラビアも麻雀プロになれたのも母のおかげなんですよね」
高校卒業後、母親に依存するようになってしまった篠原は、自活するよう促され、1人暮らしを始めた。朝晩アルバイトしながら芸能活動を続けていく日々に限界を感じてSOSを出したが、母親の考えは変わらず、いつしか疎遠になっていた。親子関係修復の機会を与えてくれたのは、所属していたアイドルグループ「恵比寿マスカッツ」のプロデューサー・マッコイ斉藤だったという。
「中野サンプラザ公演の練習をしていた時、マッコイさんから呼び出され『ライブに出たいんだったらお母さんを呼べ。どんなにひどいことをされても、どんなに嫌な思い出があったとしても、お前が今ここにいるのはお母さんのおかげなんだよ』と言われたんです」
母親との葛藤を解消するきっかけを求めていた篠原は、意を決して母親に電話し、ライブに出られることになった。
「マスカッツの『おかあさん』という曲で、普段は麻美ゆまさんや蒼井そらさんら先輩たちが歌うパートを『お前に任せるから、お母さんへの思いを全部そこで言え。それがミッションだ』とマッコイさんが言ってくれて。それで2000人ほどいた観客の前で、お母さんの子供で良かった、本当は大好きなんです、ごめんなさい!って、思いっきり叫びました。ライブ終了後、会場に来ていた母が泣いてたよって友達から聞いて、その日以来、また仲良く過ごせる日々が戻ったんです。今では母と麻雀を打つ時は、弟にも声をかけたり、母のパートナーとも一緒に卓を囲めるようになれました。マッコイさん、そして麻雀のおかげです」
芸能活動と麻雀プロの二刀流生活で忙しい日々を過ごす中、目標を見失い、精神的に行き詰まった時期もあったが、「母に心の内を打ち明けたら『冴美は全然親不孝者じゃないよ。芸能でも楽しませてくれてるし、何より麻雀の放送対局を見させてくれたことは本当にうれしかったし、十分親孝行してくれてるよ』って言ってくれて気持ちがスッと晴れたんです。じゃあどうせやるならもっと頑張ろうと、そこから本気で麻雀の勉強に取り組むようになって、目標はMリーガーになることと公言したんです」と5年ほど前から麻雀の勉強時間を最優先するようになった。そして、公言してからはMリーガーになった先のことも見据えている。
「Mリーグで活躍することはもちろんだけど、将来的には人の役に立つ仕事をしたい気持ちが芽生えました。母は強い人なので、迷惑をかけたくないから老後は施設に入るって言うんですけど、今の自分があるのはすべて母のおかげ。母は麻雀もポーカーも好きだから、どっちも楽しめる介護施設を私がつくったらどう?って聞いたら、それはいいねと言ってくれたので、将来はブレインスポーツを楽しめる介護施設をプロデュースすることが夢。そのためにはどんなにつらくても麻雀の勉強だけは続けていく。そしてお世話になった人たちの笑顔が見られるなら、今頑張る意味があるのかなと思っています」
☆しのはら・さえみ 1992年8月29日、京都府生まれ。B型。2017年に日本プロ麻雀協会に入会。24年に日本プロ麻雀連盟に移籍。獲得タイトルは「麻雀最強戦2023 女たちの殴り合い」「IKUSA―2025―第三代プロ雀士 SSP決定戦」。ポーカーでも「BS12ポーカー オールイン」優勝。「篠原冴美ファンクラブ」(Mi―muse by Mi―glamu)では、限定グラビアやオフショット、活動の裏側を発信中













