巨人の終身名誉監督・長嶋茂雄さんの通夜、告別式が8日までに都内で営まれた。指揮官として数々の名シーンを生んだが、2000年に大逆転のサヨナラ勝ちで優勝を決めた試合もその一つだ。この試合で好投し、中日の選手として長嶋さんの胴上げを見守った本紙評論家・前田幸長氏は知られざる〝交流〟とともに故人をしのんだ。

 決めるならこの試合しかなかった。優勝に王手をかけた同年9月24日の中日戦。シーズンの残り4試合はビジターで、東京ドームで胴上げできるラストチャンスだった。

 そこに立ちはだかったのが中日先発の前田氏だった。「巨人の優勝が決まらず自分の登板まで回ってきた。目立てるなと思いつつ、ぶざまな投球はできないなと思っていた」。その思い通り、巨人打線を8回まで5安打、無四球、無失点と完璧に封じた。だが、4点リードのまま続投した9回に暗転した。

「あっという間に終わった」。元木、高橋に連打を許して降板すると、守護神のギャラードが松井の右前打で無死満塁のピンチを招き、一死後に江藤のグランドスラムを被弾した。土壇場で4点差を一気に追いつかれ、二岡に優勝を決めるサヨナラ弾が飛びだした。

 前田氏は「ベンチで胴上げを見ていたが、最後まで見ずに引き揚げた」と振り返るが、ドラマのようなV決定は四半世紀がたってもファンの心に刻まれ、動画も繰り返し流されている。星野中日にとって長嶋巨人は宿敵だったが、現在の前田氏には別の感情があるという。

劇的な逆転サヨナラ勝ち。東京ドームで長嶋監督が宙に舞った(2000年9月24日)
劇的な逆転サヨナラ勝ち。東京ドームで長嶋監督が宙に舞った(2000年9月24日)

「こうやって今でもジャイアンツの歴史的な試合の映像として使っていただいている。『負けてよかった』。そんな試合は後にも先にもあの試合だけです」

 長嶋さんは01年限りで巨人監督を勇退。前田氏は02年から巨人で6年間プレーし、ミスターと共闘する機会はなかった。それでも中日時代に思わぬ出会いもあった。自主トレ先としていたゴルフ場に長嶋さんがプライベートで偶然訪れたのだ。

 ゴルフ場の支配人から長嶋さんの来訪を知らされた前田氏は、面識もないまま3、4人の自主トレ仲間とあいさつに直行。グラウンド上では敵同士であっても、やはり長嶋さんは「神様」だ。

「おそらく僕らのことなど知らなかったと思う。『ドラゴンズの前田です。写真よろしいでしょうか』とお願いすると『ああ、いいよ。全然大丈夫』と言ってくださった。ご本人が覚えていらっしゃるかは分かりません」

 当時撮ったミスターとのツーショット写真は、今でも自宅に家宝のように飾られている。長嶋さんが残した足跡は永遠に語り継がれる。