新日本プロレスジュニアの祭典「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア(BOSJ)」は1日大田区大会で優勝決定戦が行われ、Aブロック1位の藤田晃生(22)がBブロック1位のYOH(36)を撃破し、初優勝を飾った。史上最年少優勝記録を更新した藤田だが、これまで歩んできた22年10か月は壮絶。ジュニアの未来を担う男の、濃すぎる〝サバイバル人生〟とは――。
出場20選手の頂点を決める一戦は、互いに譲らない大激闘となった。YOHの猛攻を耐え抜くとThrill Ride(変型DDT)で3カウントを奪取。ウィル・オスプレイの持っていた大会の最年少優勝記録(23歳1か月)を更新する快挙を達成した。
史上最速となるデビュー4年目にしてBOSJを勝ち取ったが、その華々しいキャリアの原点には過酷な生い立ちの記憶がある。幼少期に両親が離婚した藤田は「どちらも悲しませたくない」という思いから、父方の祖父母と一緒に暮らした。しかし小学校中学年の時に、祖母が軽度の認知障害となり祖父母間で不和が生じるように。「家の中で気持ちが休まることはなかったですね。頼る場所はないけど、突きつけられるものはあって。家に帰っても夜ご飯はできてなくて、毎日給食センターで給食を取り寄せたり。感覚的にはナチュラルサバイバーです。気付いた時にはそんな状況だったので、生き抜いてきたなって思いますね」と振り返る。
そんな時に救いとなったのがプロレスだった。鈴木みのるに憧れレスラーを志すと、祖父母の元を離れて八幡浜工業高校でレスリングに打ち込む寮生活を送った。2020年12月の入門テストに合格し、21年8月にデビュー。「高校まで地元にいたら、プロレスを目指さなかったら、間違いなくカスな人生を送ってましたね。プロレスをやってる上でも練習や試合とかもちろん厳しいですけど、ちっちゃい時にあれを経験したら、ある程度のことは耐えれるなって気持ちはいまだにあります。メンタル面込みだったら、当時の方がハードだったかもしれないです」と、濃密な人生で手に入れた〝強さ〟に胸を張る。
両親、祖父母と藤田本人の関係自体は現在も良好で、活躍を喜んでくれているという。家族からの応援もあって一躍トップレスラーの仲間入りを果たした藤田には、ここに来て新たな目標も生まれつつある。
「それを目指してデビューしたわけじゃないですけど…親がいなくてとか、ネグレクトとかでしんどい思いしてる子供たちの気持ちって、他の経験してないヤツよりもめっちゃ分かるので。そこに刺さればいいなって気持ちは芽生えてますね」。今度は自分のプロレスが、つらい思いをしている誰かの支えになることをひそかに願っている。
「希望もヘイトも全部俺が背負う」。力強く言い切ったジュニアの新星には、新時代を背負う資格が十分に備わっている。












