楽天・浅村栄斗内野手(34)が24日の日本ハム戦(楽天モバイル)で、NPB史上56人目となる通算2000安打を達成した。
平成生まれの2000安打達成は初。「3番・一塁」でスタメン出場した初回一死二塁の第1打席で相手先発・山崎のカットボールを右前に運び、節目の大記録を先制タイムリーで決めた。
試合後のお立ち台では、普段感情を見せない浅村が涙を流し「うれしい記録だが、近づくにつれて苦しかったし、それぐらい偉大な記録なんだなと改めて感じた」と語った。この偉業に感慨深げだったのは「担当スカウト」という縁で浅村と関わりを持った西武・後藤光貴スカウト(50)も同じだった。
後藤スカウトにとって、浅村はスカウト2年目の2008年ドラフト3位で指名され、初めて担当となった選手でもあった。
自分が初めて担当した選手が名球会入りしたことについて、同スカウトは「誇りですね。高校時代にドラフトで縁をもらって西武で10年、楽天で7年…。ずっと成長を見させてもらった。たとえチームが替わっても、担当スカウトであることに変わりはないですから、ずっと応援させてもらっています。本人とは今も連絡は取らせてもらっています。(自分の)誇りです」と語る。
西武が最後に日本一に輝いた08年、当時のスカウティングのテーマのひとつが「全盛期の中島裕之の次の次の世代の遊撃手を探すこと」だった。その候補の一人として獲得したのが浅村だった。
後藤スカウトは大阪桐蔭時代の浅村を「(中日の)中田翔のひとつ下の代のセカンドとして2年時からレギュラー。3年になってショートに。打撃は荒かったんですけど、1番打者になり右打ちをするようになって、今につながる彼のセンスが磨かれていった。当時は体の線も細かったので、まさかクリーンアップを打ってホームランバッターになるとは思わなかった。ただ、チャンスには強かった」と回想した。
初めて担当した選手が名球会入りという幸運には「ドラフトで縁をいただいた方々全ての支えと、やはり一番は本人の努力の賜物です」と、お立ち台で涙していた浅村の17年間の見えざる苦悩を称えていた。












