【橘高淳 審眼(32)】私自身、アマチュア時代から、プロ野球選手として阪神に入団した後も捕手を務めておりました。球審によるストライク、ボールの判定が捕手の思う通りにはならないことも理解しているつもりです。また、その判定に不服を示しても自分たちが得をすることがないことも知っています。
審判は神様ではありません。全てのストライク、ボールの判定が正しいとは限りません。できうる限り、安定した判定を心がけ練習を重ねてはいますが、脳で感じた判断と口から出る言葉が違うなんてことが起こってしまうこともあります。それでも、捕手が嫌な顔もせず平然としたまま「今の取れないですか?」と言ってくれば「次は取るね」というコミュニケーションが存在したことも事実です。
公認野球規則におけるストライクゾーンの定義を簡単に示しておきます。打者の肩の上部とユニホームのズボンの上部との中間点に引いた水平のラインを上限とする。これがいわゆる高めいっぱいということになります。逆に低めいっぱいは、ひざ頭の下部のラインが下限です。
その上でホームプレート上の空間にゾーンが立体的に存在し、その一部を投球がかすめれば、ストライクというふうに判断されるというのが原則です。バッターが投球を打とうとする姿勢にも影響されるので、体格や打撃フォームにも左右されます。底面が本塁の形をした五角柱が本塁上に浮遊していて、打者それぞれの体格やフォームに適合した高低のゾーンを高さとする。
まあ、このストライクゾーンの解釈と言いますか、その主観においての考えの相違でとんでもないことが起こった試合がありました。1998年の7月31日、甲子園で行われた阪神―巨人での出来事です。私はこの試合で球審を務めていました。
この時代のプロ野球を熱心に見られていたファンの方々なら、忘れることはない光景だったと思われます。当時の阪神の監督は2025年2月3日に亡くなられた吉田義男さん。通算3度目の阪神の指揮官としてチームの再建を目指していました。一方の巨人を率いたのはミスタープロ野球こと長嶋茂雄監督です。そして、両軍の先発は阪神が藪恵壹、バルビーノ・ガルベスの両投手でした。
初回の表に巨人が二死から連打で一、二塁のチャンスをつかみ、期待のルーキー・高橋由伸選手に打順が回りますが二ゴロ。その裏の先頭打者・坪井智哉選手の二ゴロを仁志敏久選手がエラーし、そこから二死一、二塁のチャンスとなってデーブ・ハンセン選手の左前への詰まった先制タイムリーが飛び出すという展開でした。
3回は阪神・大豊泰昭選手が打球を浜風に乗せて左中間へ特大のソロ本塁打を放ちスコアは2―0。さらに5回は大豊選手が2打席連続となる右越え3ランを放ち完全に阪神ペースのゲームとなります。この時点で阪神戦3勝、負けなしと相性の良かったガルベス投手でしたが、相当にイライラしていたことは明らかでした。
そして6回の阪神の攻撃です。先頭の坪井選手への1ボール2ストライクからの4球目はインコースへの直球。これを私がボールと判定した後から事件が勃発します。












