【取材の裏側 現場ノート】苦難や逆境に強いタイプだと思っている。ソフトバンクに新天地を求めた上沢直之投手(31)のことだ。

 生存競争が厳しい球界にあって、叩き上げでのし上がってきた。2011年のドラフト6位で日本ハムに入団。当初の期待値はそこまで高かったわけではないが、頭角を現すまでに時間はかからなかった。

 3年目の20歳で先発として8勝。ただ、将来のエース候補と期待された後は山あり谷ありだった。15年は5勝止まりで、翌16年は右ヒジの手術で1年を棒に振った。23歳の若さで年俸は減額制限を超え、1000万円まで落ち込んだ。

 そんなどん底だった頃の話だ。術後のリハビリの状況を聞きつつ、よく雑談のネタにしていたのがテレビ朝日系の番組「しくじり先生 俺みたいになるな」。先生役のゲストが生徒役のレギュラー陣に失敗談を紹介し、最後はいかに成功につなげたかを語る番組だ。

 当時の上沢は次の1年すら危うい時期だっただけに、年上である記者は失礼を承知で「これで一軍に戻れたら〝しくじり〟に出られるやん」と、冗談交じりに励ましたことを覚えている。

 上沢は17年に一軍復帰し、翌18年に11勝と見事に復活。すると今度はアクシデントでつまずいた。ピッチャーライナーが左ヒザを直撃し、全治5か月。医師から「骨の折れ方次第では、その後の日常生活にまで支障が出た」と言われたほどの危機だった。だが、ここも踏ん張った。翌年以降も再びエース格として君臨し、23年オフには入団以来の念願だった米球界挑戦にこぎつけた。

 ジェットコースターさながらの野球人生。だが、全てに〝しくじった〟わけではない。メジャー挑戦の夢破れ、今回の移籍劇では大バッシングを浴びた。あらゆる困難から立ち上がってきた上沢は、新天地でどんな1ページを描くのだろうか。

(元日本ハム担当・赤坂高志)