時計の針を動かすことはできるか――。2023年10月のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)で優勝し、パリ五輪代表に内定した鈴木優花(24=第一生命グループ)が、単独インタビューに応じた。1月の大阪国際女子マラソンでは、前田穂南(27=天満屋)が日本記録を19年ぶりに更新。ライバルの力走に刺激を受けた鈴木は、04年アテネ五輪金メダルの野口みずき以来、日本女子勢20年ぶりの表彰台に意欲を示した。
――パリ五輪の代表に正式に決まった
鈴木 MGCが終わった直後は漠然としているというか、実感があまりなかった。24年になって日本代表として、しっかり腰を据えて「五輪に向かっていく立場なんだ」という実感が湧いてきました。
――実業団入り後は、結果が出ない時期があった
鈴木 大学生の頃は駅伝などを走る中で常に結果を残すことにこだわりを持っていて、余裕もない中でガツガツとやってきたが、実業団に入ってより自分と深く向き合う時間が増えた。余裕ができたけど、やっぱり大学時代と練習が違ったので、1年目は練習に向かう中で気持ちをつくるのが難しかった。自信となる結果も残せなかった時期が長く続いたので、すごく苦しかったです。
――所属先では山下佐知子監督(現アドバイザー)の指導を受ける
鈴木 山下監督と、より深いコミュニケーションを大事にした。私の感じていることは言わないと伝わらないので、理想の流れだったりとか、自分の感覚と山下監督の感覚を深くすり合わせることで、徐々に練習と自分の体の反応がマッチするようになってきました。
――MGC優勝も山下監督の存在が大きかった
鈴木 MGC前に2か月ほど米国(ボルダー)合宿に行ったけど、正直なところ故障気味で、合宿に入っても、ネガティブになっていた。でも、山下監督は言葉じゃないが、補強トレーニングや距離走など、全部付きっきりで練習に来てくれた。その姿を間近で見て、山下監督が私に懸けてくれる思いの大きさを感じて、そこから刺激を受けて練習に向かうことができた。それが一番MGCの結果につながったと思います。
――パリ五輪のコースは累積高低差が438メートルと起伏が激しい
鈴木 アップダウンが非常に激しいコースを攻略するのが大事だと思う。アップダウンの激しいコースをつくって、距離を踏んだり、セット練習をタフに変えていくことを今、一番やっているところです。
――前田が日本記録を更新した
鈴木 携帯でレースを見ていたが、本当に刺激をもらった。先輩が日本記録(の更新)と言っていて、ケガもしながら、なかなか記録が出せない苦しい思いをしていた。その中で、大一番を走ったことは、これまでの背景も全部含めて考えながら見ていたので、本当に強い方だなと思ったし、私もそうなりたいと思いました。
――パリ五輪の目標
鈴木 一番の目標はメダルを獲得すること。その先はやっぱり一発屋じゃなくて、ちゃんと安定したレース、自分らしいレース、攻めたレースをできるような選手になりたいです。
☆すずき・ゆうか 1999年9月14日生まれ。秋田県出身。中学時代はバスケットボール部に所属。大曲高で本格的に陸上を始める。大東大に進学すると、全日本大学女子駅伝で3年連続の区間賞を獲得。初マラソンとなった22年名古屋ウィメンズでは日本学生記録の2時間25分2秒をマーク。3度目のマラソンとなった23年10月のMGCでは、悪天候下で2時間24分9秒で優勝し、パリ五輪の出場権を獲得した。161センチ。












