泣く子も黙る女子プロレス界の“最強”レジェンドがミスター女子プロレスこと神取忍だ。
昔からアウトローで町道場所属ながら1984年世界女子柔道選手権では銅メダルを獲得。鳴り物入りで86年にジャパン女子プロレスに入門。当時は見るからにその筋の人のような怖さを持っており、入団後に「ダンプなんか10秒で倒せる」と豪語。全日本女子プロレスファンの大反発を買った。同年8月17日後楽園旗揚げ戦ではジャッキー佐藤とのシングルマッチでデビュー。いきなり団体のトップに立った。
主要な王座はほとんど奪ったが、神取は名誉より「強さ」を追求し、伝説に残る多くの壮絶な“ケンカマッチ”を残した。87年7月18日大和でジャッキー佐藤を完全KOした試合はその筆頭だ。この当時(今でも)の神取は本当に怖かったのだ。
92年にLLPW(現LLPW―X)旗揚げに参加すると、団体対抗戦で女子プロ史上最大のケンカマッチと呼ばれる北斗晶との2連戦(93年4月横浜、同年12月両国)。WWE殿堂入りを果たしたばかりのブル中野との凄惨なチェーンデスマッチ(94年7月14日東京)など…。神取は後にブルとの一戦を自身のベストマッチに挙げている。
女子プロレスの枠にとらわれず、格闘技戦や男子との戦いにも積極的に進出。95年7月駒沢では世界初の総合格闘技大会「L―1」を開催。決勝戦で93年世界女子柔道選手権銅メダリストで192センチ150キロのグンダレンコ・スベトラーナに惜敗するも、98年10月10日両国の第2回では雪辱を果たして優勝した。
2000年7月有明では歴史に残る天龍源一郎とのシングル戦が実現。顔面をボコボコにされるも3日で全快して医者を「怪獣か…」とあきれさせた。
04年には参院選に出馬して次点で落選するも06年に繰り上げ当選。「世界一強い女政治家」が誕生した。その後もあらゆる活躍を続けるも、16年大みそかのRIZINでは“猛女”ギャビ・ガルシアとの最強対決が決まるも、神取が肋骨骨折のため中止になった。
10月30日には還暦を迎え「還暦武道館」大会を計画する。「還暦過ぎても格闘技戦は諦めないからよ!」とミスターは燃えている。いつまでも怖い神取であってほしい。(終わり)













