【森脇浩司 出逢いに感謝(60)】王貞治監督のソフトバンク最後の試合は2008年10月7日、仙台での楽天戦でした。ライバルだった野村克也さん率いる楽天戦というのは必然だったような気がします。延長12回にサヨナラ負けし、セレモニーで野村さんが登場された。ゆったゆったと歩き、王さんに花束を渡す姿は適切な言葉が見つからないほどのワンシーンでした。
1999年に日本一、翌00年にリーグ連覇と忘れることのできないON決戦。駆け出しのころに卵をぶつけられたり、味方ファンに「頼むから辞めてくれ」という横断幕を出されたり、手術で現場を離れたり…。うれしかったこと、つらかったこと、いろんなものをかみしめておられたと思う。97年からコーチとして12年間歩んできた僕の頭の中にも走馬灯のように駆け巡った。試合には集中していても終盤になると…。王さんとの現場の日々が今日で終わる。とうとう来てしまったか、というね。最後こそいい思いをしてもらいたかった。それが僕のモチベーションだったので申し訳なかったですね。
実はその1か月ほど前のこと。神戸でのオリックス戦が終わった翌朝、新神戸から博多に各自移動する時にたまたま王さんと一緒になったんです。新幹線の車中で王さんが「俺も監督としての力がなくなったわ…」とポロッと言われたんです。ものすごく寂しかった。チームに対して弱気なことを一切言われなかったのに…。
勝つ監督として必要な要素の中に「勝ち運」というものがある。野村さんじゃないけど、勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし。神通力とか勝ち運とかが薄れてきたな、と王さん自身が感じていたんじゃないでしょうか。その時に「辞められるんだな」と…。1か月後に仙台でサヨナラ負けし、現実にそうなった。どういう状況でも一瞬一瞬を大切にして1歩先、2歩先を常に見つめる。王さんをモチベーションにして生きている人もたくさんいるから長くやってほしかったですけど、体のことは心配でしたし、とうとう来たか…という気持ちでしたね。
僕は野村さんともご縁がありました。ホークスの先輩ですし、コーチになってから野球の話がしたい一心で相手ベンチの野村さんを訪ねていっていました。ビジターの試合で早めに球場に着くでしょ。野村さんにあいさつに行くと、いつも番記者に囲まれているので、野球の込み入った話ができません。そのうちお引き取りくださいっていう感じで下がってもらい、味方の選手がアップで出てくるまでの時間、2人で話すようになりました。
対戦相手を超えて話している。守備のフォーメーションのこと、動かし方とか、ポジショニングの意図とか…。もちろん作戦の裏側を伝えるわけにはいかないので個人的な考え方ですよね。
そのうち試合中も三塁コーチとベンチでお互いに顔色をうかがうようになって…。












