【森脇浩司 出逢いに感謝(54)】2000年の長嶋巨人との「ON」日本シリーズは2勝4敗で敗れ、王貞治監督を日本一にすることはできなかった。向こうは松井秀喜、高橋由伸がいて、こっちだって小久保裕紀、城島健司、松中信彦とか鍛え上げた選手がゴロゴロいて、練習中から負けられない雰囲気がすごかったですね。
王さんは誰よりも負けず嫌いだったと思う。ミスターに負けない、巨人に勝つ…。僕らには分からないような思いがあったのでしょう。終戦後、東京の宿舎で僕に「明日の練習は何時からだ!」とすごい勢いで言ってきた時、この悔しさは相当なものだと思いました。
シーズン中に負けたりすると担当コーチに「どうなってんだ!」というのはありますよ。僕は三塁ベースコーチなんで作戦とかサインとか、携わることが多かったし、言われることはよくありました。でも「この監督を日本一にさせる」という思いがある。監督とぶつかることはあっても、取説じゃないけど、興奮していたら「今は言わないほうがいいな」「明日にしよう」とかね。
00年の夏前くらいまでは「前進守備にしましょうか」「そうしてくれ」というやりとりがあり、夏場すぎると「今日から全部自分で決めてやってくれ」と。うれしかったですね。一緒に試合をマネジメントする中でようやく任せても大丈夫だな、と思ってもらえた。自分にとっては大きなことでした。
王さんのカリスマ性があったので絶対チームリーダーが必要か、というとそういうわけでもなかった。世間的には小久保なんでしょうけど、王さんは秋山幸二、城島、柴原洋なんかをうまくコントロールしてやっていたと思います。リーダーがいるからいい、ではなく、それぞれが主力の自覚をいかに持つかが大事です。
小久保をみんながいるベンチで叱ったこともありました。一塁手の大道典良が三進する二走を刺そうと三塁手の小久保に送球したんですが、明らかに投げた瞬間から高かった。ジャンプしても捕れない。ボールが後ろにそれ、セーフになった走者がホームまで行ったことがあったんです。
小久保は「自分は精いっぱいジャンプしたけど、届かなかった」と言っていたので「そうじゃない」と。投げた瞬間に高いんだから「この場にいてジャンプしても捕れない」という判断ができないとダメだった。下がってジャンプしたら捕れたかもしれないし、三塁はセーフでも本塁はアウトにできたかもしれない。
「なぜ後ろに下がらなかったのか。その判断ができないとダメだ」。強いチームの内野なんだからそれくらいの位置にいてほしい。投げた瞬間に高いと分かったらその場を離れて下がり、それでもダメだった時に初めて何かが生まれるんだと、強い口調で言いました。誰一人欠かせない存在だけど、今後、小久保が本当のリーダーとして歩む。打撃、守備、走塁と高いレベルを求めていました。











