独特の雰囲気でファンを魅了する女子プロレスラーが「スターダム」のハイスピード王者・鹿島沙希(30)だ。2011年6月にデビューした2期生ながら、初のシングルベルトを手にしたのが今年5月27日の東京・大田区大会。涙の戴冠劇は大きな反響を呼んだ。遅咲きの苦労人が歩んできた紆余曲折のプロレスラー人生、そして思い描く今後のビジョンとは――。3年5か月在籍した極悪ユニット「大江戸隊」を追放され“去就”も気になる渦中の女を直撃した。

 ――改めてハイスピード王座を初戴冠して

 鹿島 人生初のシングルベルトは泣いちゃうくらいうれしかったなあ。ずっと守っていきたいから、強そうな人や足の速そうな人とはやりたくないし、「激闘の末、防衛しました」みたいなのは一切望んでない。秒殺して「5秒で防衛しました!」って胸張って言いたいね。最多防衛記録を更新しようとかじゃなくて、何回挑戦を断ったかっていう最多挑戦拒否記録も残したい(笑い)。

 ――シングル王座まで長い道のりだった

 鹿島 たまたま近くで試合があるから、暇で観戦しに行ったのがプロレスとの出合いだった。見た瞬間に生まれて初めて「これがやりたい」って思ったんだよ。最初のころはシンプルに病弱なのと体力がないので毎日ぶっ倒れて、練習についていけないのがしんどかった。でも、その時は大好きなプロレスができるっていう楽しさが勝ってたし、希望に満ちあふれていたな。

 ――“省エネレスラー”と呼ばれる今では信じられない…

 鹿島 当時は36~37キロとかで細いから、みんなの倍やらなきゃみたいな熱い気持ちがあったんだよ。朝から夜まで1人でジム行ったり練習して、とにかく食べまくってプロテイン摂取して半年で10キロぐらい増やした。食べるの好きじゃないから結構苦痛だったね。でも、体重増やして練習していくうちに、数か月前にできなかったメニューが楽にこなせるようになったりして、体力ついたなって実感した。今は絶対しないけどな。

 ――2011年6月のデビュー後も苦難の連続

 鹿島 同期がみんなデビューする前に辞めちゃって、自分が一番下だったから雑用も全部1人でやらなきゃいけなくてさ。会場に一番最初に着いて準備して、試合終わったらみんなは売店に出てて、1人で掃除してリング片付けてたからつらかった。「めんどくせえ、てめえ自分で荷物ぐらい運べ」とか「辞めてえ」って思ったこともあったし、毎日泣きながら家族と電話してたよ。これがたぶん他の職業だったら即行、辞めてた。でもプロレスができるっていうことで乗り越えられた。

 ――だが、13年1月に一度団体を去った

 鹿島 とあることで辞めなきゃいけなくなって、泣く泣くスターダムを後にした。思い出すとまたやりたくなっちゃうから、忘れようと努力してたよ。島根に帰って車の免許取ったり、パチンコ屋で働いて正社員にもなった。じじ、ばばに超神対応してたから接客ランキング1位だったし、めっちゃやりがいあったから普通に店長までいきたいなぐらい思ってた。

 ――18年3月に復帰

 鹿島 東京に遊びに行った時に、(紫雷)イオさん(現WWEのイヨ・スカイ)と会うことになって復帰への話が進み始めた。ずっと一緒に練習や試合をしてたから、沙希がプロレスを嫌になって辞めたわけではないってわかってくれてた。「戻っておいで」って言ってくれたから「パチンコなんてやってる場合じゃねえ」ってなって。

 ――離れていた5年で団体の景色は変わった

 鹿島 (岩谷)麻優ちゃんとかみんなは辞めずにずっとスターダムでやってきて、トップに立ったっていうのは尊敬しかなかったし、一緒にゴッデス(タッグ王座)とアーティスト(6人タッグ王座)が取れた時はうれしかった。

 ――シングル王座に届かないもどかしさは

 鹿島(22年2月に)テクラが王者だった時のSWAに挑戦して取れなかった時が一番悔しかったかな。めちゃくちゃいろんなこと考えて、全部出し切った。それでも取れなくて、甘くないなって思ったよね。

 ――25日代々木大会で大江戸隊を追放された

 鹿島 みんなからラブコールが来て、今プロレスモテ期が来てる。今まで人から必要とされてるって思ったことがないから、シンプルにうれしかった。ただ、人間不信だから、裏に何かあるんじゃないかって。だからまだ答えは出せない。

 ――V1戦(7月2日、横浜武道館)の相手は大江戸隊のフキゲンです★だ

 鹿島 一番よくしてもらったから、「裏切り者め…」みたいな感情は一切ない。でも、向こうはどう思ってんだろう。しかもフキゲンってシレっと勝つし。秒殺されちゃうんじゃないかっていう恐怖はある。5秒ぐらいで負けてくれないかなあ。

 ――今後の目標は

 鹿島 デビューした時は誰よりも練習して強くなって「みんなに元気を与える!」みたいな絵に描いたようなプロレスラー像があった。でも、ぶっちゃけ今自分がみんなに与えられるほどの元気ないし、みんなが思っている反対のことがしたい。プロレスの当たり前を覆したい。それに自分は弱いから実績は残せない。もうあきらめた。でも、伝説だったら残せる。どんな形でもいいから伝説を残していきたいね。

 ☆かしま・さき 1993年5月5日生まれ。島根・松江市出身。2011年6月26日のスターダム新木場大会で2期生としてデビュー。13年に一時団体から離れるも、18年に5年ぶりの復帰を果たし同年6月に岩谷麻優とゴッデス王座を戴冠。13年1月に初代王座を獲得したアーティスト王座は5度の戴冠実績を誇る。必殺技は丸め込み技の「起死回生」。163センチ、50キロ。