西鉄、日本ハム、阪神などで監督を務めた中西太さんが11日に亡くなった。享年90。現役時代は「怪童」の異名で西鉄の中軸打者として活躍。現役引退後は指導者として8球団を渡り歩き、多くの一流選手や指導者を育て、大きな影響を与えた〝名伯楽〟としても知られていた。

西鉄で兼任監督を務めた中西太さん(1967年)
西鉄で兼任監督を務めた中西太さん(1967年)

 中西さんの「一番弟子」を自他ともに認める本紙評論家の伊勢孝夫氏は「太さんは日本プロ野球『打撃道』の祖と言える方でした。本当に残念です」と声を詰まらせた。「中西流」の信奉者には、巨人では中畑清、原辰徳、内田順三コーチを通じて阿部慎之助ら。ヤクルトでは若松勉、岩村明憲、杉村繁コーチを通じて山田哲人ら。阪神には岡田彰布、掛布雅之、真弓明信らがいる。「12球団すべてに太さんの影響を受けた人がいるのでは」(伊勢氏)というほどだった。

 伊勢氏は「実は3日前に珍しく太さんの夢を見たんです。それで妙な胸騒ぎがして、翌朝に太さんに電話をしたら出なかった。その時は『耳が遠くなっちゃったから電話が鳴っていることに気がつかないのかな』と思っていた。夢枕に立ってお別れに来てくれたんでしょうか…」と〝お師匠様〟の逝去を悼んだ。

中西太コーチと王貞治監督(1995年)
中西太コーチと王貞治監督(1995年)