【デンジャラスクイーンの真実#最終回】WJが事実上の崩壊した2004年以降、健さん(佐々木健介)と私への風当たりは強かった。それを変えてくれたのは東京スポーツさんでした。「罵声を浴びせられても健介の嫁は鬼の形相でセコンドに就いている」「嫁は旦那を守るために鬼になってセコンドで暴れ回っている」と毎日書いてくれました。

健介(左)との二人三脚で逆境を乗り越えた(14年2月)
健介(左)との二人三脚で逆境を乗り越えた(14年2月)

 そのうち、健介の嫁・鬼嫁と書かれるようになり北斗晶ではなく、新たに「鬼嫁」というキャッチフレーズがついたのです。すると、次第に空気が変わるのが分かるんですよ。「リストラ」という言葉がはやっている時代の波にも背中を押されました。(入場ゲートの)扉を開けると、それまで罵声だったのが、声援に変わってきたんです。

 新聞に毎日載っている人が出てくる。するとスターが出てくると勘違いじゃないですけど、夫婦2人で叩かれようが笑われようが奮闘している姿に「頑張れ」と言ってくれる方が増えたのです。

 注目が増えることによってテレビ局から声がかかります。最初のオファーはフジテレビさんの「ココリコミラクルタイプ」。番組に出演する健さんを「いってらっしゃい」と見送ってから私もテレビ局へ向かい、ゲストの健さんの前にサプライズで現れるというものでした。このときの視聴率がよかったのでしょう。おかげさまで何が起こったのか分からないくらいオファーが届きました。あれから20年。今につながっています。だから東スポさんのY記者は私たちを救ってくれた恩人と思っています。

 記者の皆さんって、あったことを書くだけじゃなくて一家族を救うこともあるんだよって。ペンは暴力にもなるって言います。でも人が救われることもあるんだよって言いたいです。

 今回、こういった形で私の半生を振り返らせていただきました。私の昔の本とかたどっていただくと、当時の私の考えと、そこから5年後、10年後、今現在って全然違っていると思います。当時、私に神取忍のことを聞いたら「大嫌い」でしかありませんでした。

 でも年を重ねた今、聞かれると「神取忍と同じ時代に生きたからこそ、リングの北斗晶が生きられた」という答えになります。幸せないい人生だったのか、大変な人生だったと思うのか、答えが出るのは、私が目を閉じるときなんじゃないかなって思います。

 よく聞かれるのは「もう一度生まれ変わったら女子プロレスラーになりますか」って。私は「二度となりません」と答えています。北斗晶はあの一代で十分。だから2世をつくろうとも、つくりたいとも思いません。だって次に生まれたとき、そこに殴り合うほど嫌いになれるプロレスラーがいますか? (終わり)