侍ジャパンで大谷の前を打つ近藤健介(29=ソフトバンク)の存在感が日に日に増している。
大会前の構想では5人の外野手の4番手。左翼・吉田(レッドソックス)、中堅・ヌートバー(カージナルス)、右翼・鈴木(カブス)とポジションを固定が基本線だったが、鈴木が大会直前の故障で出場辞退。近藤が〝繰り上げ〟の形で右翼に固定起用される形で落ち着いた。
それでも侍首脳陣は「守りでも貴重な存在。左翼、中堅、右翼とどこでも同じパフォーマンスができる。本人もどこでもいいから、とにかく試合に出たいと。そこへの執着はメンバーの中でも、より強いものを持っている」と防御面でも信頼を置いている。
近藤の外野守備へのこだわりを育んだのは、他ならぬ2021年まで日本ハムの指揮を執った栗山監督だ。昨季まで在籍の日本ハムに、近藤はそもそも捕手で入団。当時から打撃センスは非凡で、高卒1年目から一軍でも起用されたが〝問題〟はそれを生かすためのポジションだった。
入団3年目までは捕手中心に起用されたが攻守の〝両立〟に思い悩み、当時は突如、投手への返球もままならない送球難に襲われるなどし、結局は捕手の道を断念。並行して模索した三塁起用も同様に、送球面での課題が解消されず頓挫した。
当時は二刀流・大谷も在籍。チームの指名打者枠は近藤のためにはなく、それゆえに栗山監督も近藤に向け「1日4打席立ちたいなら、そのための居場所は結局は自分でつかむしかない」と、厳しい言葉を投げかけることもあった。
当時を知る日本ハム首脳陣も「15年ぐらいから本人もこのままではいくら打てても、長くは現役でできないと。外野では失敗できないとなってから、守りに関しても打撃同様、より突き詰めて質量ともに求めるようになった」と回想する。
そんな紆余曲折を経た近藤は18年に外野手で95試合に出場。以降は左翼、中堅、右翼とコンスタントに起用されており、代表では肩の強さ、脚力など外野手としての突出事項はヌートバー、鈴木らに及ばずも、侍関係者から「身体能力で勝れないぶん、それを補う前後の飛球に対しての球際の強さ、打球判断やポジションニングの正確性とかは意識レベルからすごい」とまで言わしめるようになった。
日の丸の右翼を確保しつつある現状は近藤にとって、長年の念願をかなえた形でもある。












