ヤクルト・村上宗隆内野手(22)が8日の阪神戦(甲子園)で、2試合連続となる52号本塁打を放った。野村克也(南海)、落合博満(ロッテ)に肩を並べた〝村神様〟のシーズン本塁打ペースは、これで「60・95本」となり、令和初の3冠王とともに、日本記録の「60本塁打」も狙える位置につけているが、ここへきてそんなスーパースラッガーを育てたヤクルト・杉村繁打撃コーチ(65)への注目度も高まっている。


 4―3で迎えた6回、先頭打者として打席に入った村上は、阪神先発・青柳の144キロ直球をフルスイング。打球はバックスクリーン左に突き刺さった。

「打ったのはストレート。偉大な野村克也さんと本塁打数が並ぶことができて光栄です」(村上)

 チームは残り21試合。64年に王貞治(巨人)が記録した日本選手最多の55本まであと3本。13年にバレンティン(ヤクルト)が達成したシーズン60本塁打のプロ野球記録も、いよいよ視界に入ってきた。

「村神様」の打席は、今や国民的関心事のひとつになりつつあるが、そんな快挙とともに、再びクローズアップされているのが、怪物をサポートし続ける指導者の存在。ヤクルト・杉村打撃コーチがその人だ。

 05年にはプロ2年目の青木宣親を指導。年間202本のシーズン最多安打で大ブレークさせた。その後も青木は12年に米球界挑戦するまで、首位打者3度、年間200安打2度を含む、最多安打2度。球界屈指の安打製造機となった。

 08年には横浜で指導した内川聖一(現ヤクルト)の打撃を開眼させ、現在もNPB歴代の右打者としては、最高記録の3割7分8厘の超ハイアベレージで首位打者を獲得するまでに。

 14年には高卒4年目の山田哲人をマンツーマン指導。その年、山田は年間最多の193安打で打率3割2分4厘、29本塁打、89打点と大ブレークすると、翌シーズン以降で「トリプルスリー」を3度達成した。

 このあたりから球界内では「ブレーク打者の陰に杉村あり」が定説となり、山田と日常的に繰り返している様々な角度、方向から10種類以上あるパターンでトス上げをする通称「杉村ティー」は、他球団関係者もその理論とノウハウに注目。以降は現在に至るまで、現役選手や若手コーチらがアドバイスを求め「行列のできる打撃コーチ」と言われるほど有名になった。

 そして今年の村上だ。20年から一軍打撃専任となると、前年から主力として頭角を表した村上を超一流へと押し上げた。前年19年は36本塁打ながら、184三振と粗削りだった若き大砲と二人三脚で打撃の〝確実性〟を徹底的に磨き上げ、一軍での指導3年目を迎えた今季はいよいよ令和初の「3冠王」が目前に。村上の〝無双化〟の生みの親として、ツバメの好好爺の存在も改めて、クローズアップされている。

 ☆すぎむら・しげる 1957年7月31生まれ。65歳。高知県出身。右投げ右打ちの内野手。高知高時代は「中西太2世」「東の原、西の杉村」と称されたスラッガーで2年春、2年夏、3年春と甲子園に3度出場。3年春のセンバツ決勝では原辰徳の東海大相模を破って全国制覇を果たした。75年ドラフト1位でヤクルト入団。12年間のプロ現役生活では449試合に出場し、147安打、4本塁打、46打点。現役引退後は球団職員として広報などを務めるも、00年以降は指導者として再びユニホームを着ることに。00年~07年はヤクルト打撃コーチ、08年~11年は横浜で打撃コーチを務め、13年からヤクルトに復帰している。