2015年11月15日に引退した元プロレスラーの〝ミスタープロレス〟こと天龍源一郎(72)の妻、嶋田まき代さんが24日に都内の病院で肺がんのため死去した。65歳だった。天龍プロジェクト代表で長女の紋奈さん(38)が26日に発表した。

 通夜は27日午後7時から、告別式は28日正午から、いずれも東京・ロイヤルシティホール洗足池(東京都大田区南千束3―32―2)で執り行われる。喪主は夫の嶋田源一郎さん。
 
 まき代さんは1956年12月26日、福岡県出身。京都で実家が経営するラウンジを手伝っていたところ、店を訪れた天龍と出会い82年9月に結婚した。翌83年7月には長女の紋奈さんが誕生。結婚後は酒豪の天龍を自由に遊ばせるため、巡業中は京都に出向いて実家のラウンジを手伝い、家計を支えた。

 92年のWAR旗揚げ後はチーフとして会社を支え、新日本プロレス、ノア、ハッスル参戦時には団体側との交渉役として活躍。2010年に天龍プロジェクトが旗揚げすると、その大役を娘の紋奈さんに引き継いだ。

 まき代さんは11年に乳がん、14年には心不全を患った。入退院を繰り返した後は小康状態を保ち、健康状態が優れた時は会場やトークショーにも姿を見せていた。しかし20年11月に肺がんが発覚。この時点で「持って半年」と医師から告げられるほど症状は重かった。

 しかも、まき代さんが患ったのは「ACTH産生性細胞肺がん」という難病だった。抗がん剤や放射線治療も行ったが心不全、糖尿病なども併発していたため、心臓に負担がかかることを避けるために治療は思うように進まず、入退院を繰り返す日々が続いた。

 今年の母の日には自宅で家族とお祝いをするも症状が悪化し「(体が)もう無理。病院に行く」と翌日から再入院。その数日後、紋奈さんに医師から「延命治療はなされますか」との連絡が入ったという。6月9日には都内のホスピスに転院。ここがまき代さんにとって「終の棲家(ついのすみか)」となり、24日午前11時13分、眠るように息を引き取った。

 天龍は「よく頑張ったね。今まで本当にありがとう…」と別れを告げたという。紋奈さんは「まきちゃん(まき代さん)はめそめそしたことが嫌いだったので、その夜は家族で酒盛りをしました」と明かした。

 日本マット界を代表する希代の名レスラーである天龍を、陰から支え続けた功績はあまりに大き過ぎる。紋奈さんは「苦労も多かったけど、幸せな人生だったと思います。母にはかなわないけれど、これからは私が大将(天龍さん)を支えていきたいと思います」と語った。