【楊枝秀基のワッショイ!スポーツ見聞録】もしかしたら、同じような野球人生をたどっていくことになるのかもしれない。日本ハム・吉田輝星投手(21)と、阪神・藤川球児球団スペシャルアシスタント(SA=41)の話だ。

 いきなりこう書くと何のことかと思うかもしれない。ただ、この2人の数奇な縁や、投手としての適性を考察すると想像してしまう。吉田の現時点が、球界を代表するリリーバーへと化ける分岐点なのではないか…と。

 吉田は5日の阪神戦(甲子園)に先発し、3回7安打4失点で負け投手となった。2018年夏の甲子園で秋田・金足農業のエースとして準優勝した背景もあり、新庄ビッグボスから甲子園での先発登板のチャンスをもらったが、結果を残すことはできなかった。

 ただ、今季の吉田はリリーフとしてチームに貢献してきた。開幕3戦目、3月27日のソフトバンク戦こそ先発したものの、それ以降は19試合にリリーフ登板。実績を積んだ結果が今回のチャンスにつながっていた。

 4年目での急成長。背景には阪神・藤川SAの存在がある。2月のキャンプでは新庄監督から要請を受け、吉田を直接指導。これがハマった。

 ビッグボスは吉田の投球を解析した結果、藤川SAと近い特性を察知。球団の枠を越えた指導を直談判した。指導実現後の吉田の変貌に「すごかったよ、あの変わりよう。ビックリした」と感嘆したほどで、その後のオープン戦でも結果を残した右腕を積極起用してきた。

 吉田はシーズン入り後も藤川SAにリモートで〝弟子入り〟。投球フォームを送り相談を続けたという。藤川SAの公式ツイッターでも吉田の話題が出てくるほどで、この日のマウンドも藤川SAがテレビ番組取材も兼ね、現地観戦したほどだ。

 そんな藤川SAとて順風満帆の野球人生を歩んできたわけではない。1998年のドラフト1位で入団後も故障で苦しい日々を経験した。星野阪神時代に先発ローテに入った時期もあったが、華々しい活躍とまではいかなかった。

 だが、転機は04年の岡田彰布監督就任とともに訪れた。二軍指導者のころから藤川を知る指揮官は、その特性を見抜き先発失格を通告した。

「先発さしたら5回、80球くらいで直球の威力がガクンと落ちるんや。球種も少ないしなあ。もう先発の道はないでって本人にも言うたんよ」

 ただ「真っすぐで空振りが取れるんは魅力。短いイニングならいけると思てな」。リーグVの05年シーズンから「7回の男」という役割を与えた。これがJFKの始まりであり「火の玉ストレート」「虎の守護神」誕生の瞬間だった。日米通算245セーブ、164ホールドの道のりはここからスタートした。

 今後の吉田の将来は…。先発でKOされたこの日が分岐点になるのか。その未来はこれからじっくり見守ることにする。