【ダンプ松本の壮絶人生「極悪と呼ばれて」(11)】私に対するファンの憎悪は、やがて“殺意”にまでエスカレートしていった。クラッシュギャルズとの抗争がピークに達した1985年夏、目黒区の道場付近でいわゆる“ストーカー”に追い回された。好意を抱いてのものではない。明らかに殺意を抱いた表情で、若い男が常に私の様子をうかがっているのだ。
極悪同盟のメンバーが「あの男、すごい形相で毎日ダンプさんを付け回してますよ」と気付き首根っこをつかんで、警察に連行した。やはり「スキがあれば殺そうと思った」と自白したそうだ。
殺したいほど憎まれた私はどうすればいい。千種と飛鳥を憎むしか道はなかった。火に油を注いだのは(松永)高司さん(全日本女子プロレス会長=故人)だ。毎日毎日、試合前の控室に来ては、2人の悪口や陰口を吹き込むのだ。
「千種が事務所に来ては毎日毎日『ダンプが嫌いだ。もう戦いたくない』と言うんだ。とにかくお前のことが大嫌いだって。正直、俺も参ったよ…」。深刻そうな表情で私に話しだす。それも全部の準備を整えて、さあこれからゴングが鳴るという直前にだ。
「飛鳥もお前が大嫌いだって。本当は顔も見たくないらしい」。何だそりゃ。こっちは仕事と割り切り、命の危険まで感じながら悪に徹しているんだ。同期で仲が良かっただけに、怒りは倍増した。高司さんの密告は言葉にできないような内容の時もあった。
後で千種や飛鳥と話して分かったんだけど、全部高司さんの作り話だったらしい。つまり大ウソだったわけだ。クラッシュの控室に行くと「ダンプが本当はお前らと戦いたくもないって。毎日事務所に来てはグチをこぼしている」と告げていたという。お互いに陰口を聞かせられてリングに上がれば、試合は当然、凄惨なものになる。クラッシュと極悪の抗争が放っていた異様な空気には、そんな裏事情もあった。
若い女の子だから、まんまと金勘定の上手な大人の手のひらに乗っかってしまったわけだ。今思うと詐欺に遭っていたというか、完全にコントロールされていた。ケータイもない時代だし、控室も移動も宿もすべて別だ。コミュニケーションを取るのはリング上しかなかった。
ある日、心底頭にきた私は、リング上で千種を脅そうとホンモノの短刀、いわゆる「ドス」を用意した。気がついた地上波放送中継局のスタッフに「放送できないし、捕まります。お願いですからやめてください」と泣きつかれてやめたんだけど、感情のもつれはそこまでエスカレートしていた。あの時、本当に刺してたかもしんねえな。
大のオトナが子供のようなウソをついてまで、熱狂的なブームを加速させようとしていた。猛スピードで数億円のお金が動いていたから、仕方がなかったのかもしれない。ほんの数年間だが、私にも手にしたことのないような大金が転がり始めていた。












