「ドカベン」「あぶさん」などの野球漫画で知られる漫画家の水島新司さんが10日に肺炎のため亡くなった。82歳だった。

 ソフトバンク・王貞治球団会長(81)は「水島さんは南海・ダイエーとホークスが弱い時に支えていただいた恩人です」と球団を通じて追悼コメント。熱烈な南海ファンだった水島さんは、半世紀も前に球界の盟主・巨人を差し置いて、弱小球団に主人公を配してスポットライトを当てた。「あぶさん」の景浦安武、「ドカベン」の岩鬼正美が袖を通したのはホークス。母体企業がダイエー、ソフトバンクに変わってもホークスを愛し続けた。

 選手の裏の顔も全部知っていた。他の追随を許さない圧倒的な取材力が、国民的人気を博す伝説的漫画へと押し上げた。選手と一緒に豪快に遊び、かわいがった。OBやチーム関係者が「今じゃ言えない話ばかり」と口をそろえて懐かしむ。それだけチームに食い込んでいた〝最強の部外者〟だった。ホークスにおいては、水島さんに立ち入り禁止区域は存在しなかった。顔パスで選手ロッカー、監督室に歓迎された。

 球団の一部の関係者だけが知る逸話がある。王監督率いるダイエー時代のこと。試合後、指揮官を出迎えた水島さんは「ダメだよ~あの作戦は!」と忖度なしに言い放ったという。球界関係者の共通認識だが、当時は今の温厚な王会長とはワケが違う。闘争心むき出しで指揮を執っていた血気盛んな時期だ。そんなことを直言できるのは「後にも先にも水島さんだけ」(古株の関係者)だった。それほどまでの関係性を〝世界の王〟と築いていた。

「もう一度、会いたかった」。そう別れを惜しんだのは南海時代にかわいがられた選手の一人、小川史三軍監督。「最初のころは一軍に行って漫画に出たら一人前。それが当たり前になると『男前に書いてくれ』と生意気を言うんだ」。当時の選手にとって、水島漫画はモチベーションだった。選手が驚愕した逸話がある。「水島さんは球場に向かうチームバスに乗っていたからね」(小川三軍監督)。もはや、ホークスについて知らないことはなかった。

 一緒にバカをやった仲間――。表面的な付き合いでは決して描き切れなかったであろう名作の数々は、まさに不朽だ。