人気漫画に名前を広めてもらった。その恩を忘れない。1985年の阪神V戦士で投手コーチも務めた中西清起氏(59)が17日、肺炎のため10日に他界した漫画家・水島新司さんへの思いを口にした。

 水島氏の作品『球道くん』の主人公・中西球道にちなみ高知商時代から〝球道くん〟として世間に名前を轟かせた。実は小筑紫中時代には、すでに水島氏が剛腕の噂を聞きつけており、面会に訪れたという。

「中学3年の時かな、いいピッチャーがおるということで来てくれて。ちょうど『球道くん』の連載が始まったくらいでね。名字も中西やし、会いたいとゆうてね」

 対面したのは中学の校長室。会った瞬間に「あっ、『ドカベン』の人だ」と気づいた。

 その後も交流は続いた。甲子園に出場した際には現地で激励も受けた。「俺を有名にしてくれたんは2年の春に浪商とやった時やな。ドカベン(浪商・香川)対球道くんって取り上げてもらってな」

 水島作品がきっかけとなり知名度が上昇。漫画の世界から球界の発展に尽力した恩師に、感謝の意を示した。

 この日は95年1月17日の阪神・淡路大震災で被害の大きかった、神戸市長田区の大正筋商店街で行われた復興フリーイベント「ONE HERT」に出演。掛布雅之氏、池田親興氏、仲田幸司氏のV戦士らとカレーの炊き出し、トークショーなどに参加した。

 当時、自らも被災した中西氏。その記憶を振り返るとともに、生前の水島氏との交流にも思いを巡らせていた。