東京・江東区の富岡八幡宮で、元宮司の富岡茂永容疑者(56)が妻・真里子容疑者(49)とともに、宮司だった姉の富岡長子さん(58)を日本刀でメッタ刺しにして殺害し、宮司専属運転手の男性(33)に重傷を負わせたおぞましい事件。不仲の姉弟関係を探っていくと、まるで戦国時代の世継ぎ争いを見ているかのように複雑でドロドロした欲望の渦が浮かび上がってきた。名門神社で起きた前代未聞の殺傷事件の深層は――。
本紙昨報のように、氏子やメディアなどに宛てた長文の文書が入った封書(8日消印)を事件直前に投函していた茂永容疑者。本社編集局にも届けられた書面には“お家騒動”の内幕や長子さんを永久追放すること、最初の妻との間にもうけた1人息子を宮司に就かせることなどを求め「(要求がかなわなければ)怨霊となり永遠に祟り続ける」といった主張がつづられていた。
長子さんを殺害して自害することを念頭に置いて書かれた“遺書”ともいえるものだ。30年にもわたる姉弟の確執はなぜ、このタイミングで最悪の結末を迎えたのか。その理由を探ると、身勝手な茂永容疑者が“ガマンの限界”を超え、殺人衝動を抑えることができなくなった2つの大きな動機があったようだ。
1つ目はカネの問題だ。元神奈川県警刑事の小川泰平氏は「富岡八幡宮の宮司室の金庫に現金8億円が入っていたことがあったと聞いている」と指摘する。表向きに給与や雑費等の支払いのほかに宮司が自由に手を付けられるカネが潤沢にあったことがうかがえる。
氏子の商店主は「茂永さんは女性関係にだらしがなく、フィリピンパブに出入りし、錦糸町や銀座の高級クラブに通っていた」と話す。最初の妻とはフィリピンパブで知り合い、真里子容疑者ともホステスと客の関係で知り合ったという。
茂永容疑者は2001年に金銭問題や女性トラブルが表面化し、94年から7年間務めた宮司職を事実上“解任”された。
「当時の退職金が2億円。加えて、毎月30万円の生活支援金が支払われていたが、それでも足りない分不相応な生活を続けていたのでは。もし息子が宮司になれば自分も名誉宮司となって金を自由にできるという考えは前々からあったのだろう」と小川氏。
神社本庁に匿名で長子さんの悪評をタレ込み続けていたが今年9月、富岡八幡宮が神社本庁を離脱し、長子さんが正式に宮司になったことで、茂永容疑者の返り咲きのチャンスは奪われた。
「茂永さんは宮司を退任した後、暴力団関係者と付き合っていたというウワサもあった。(退職金の)2億円も消えて、長子さんにカネを無心し続けていたそうです」(前出の氏子)
やまない誹謗中傷に長子さん側は7月に経済支援を打ち切ると通告。いよいよ金に困ったともみられる。
2つ目の動機は、茂永容疑者が自分の息子を宮司にして同神社を意のままにしようともくろんでいたが、その望みが断たれそうになったことだ。内情をよく知る関係者は、声を潜めてこう話す。
「長子さんは、一緒に襲われた運転手を養子縁組して後継者にしようとしていたんです。実は運転手は神社の家の出で、長子さんがお金を出して神学部を卒業させ、富岡八幡宮で神主として働かせていたんです。長子さんは元夫との間に長男をもうけたけど、離婚した際に親権を持っていかれて実の息子とは長年、会えずじまいだった。同世代の神主を息子のようにかわいがって自分の後継者として育てていたのです」
茂永容疑者にしてみれば「祖父は神社本庁の総長まで務めた人物で、由緒ある富岡家の血を引き継いでいけるのは自分の息子しかいない!」という思いだったのだろう。
前出の関係者は「妻の真里子容疑者が運転手を日本刀で切りつけながら『お前だけは許してやる!』と絶叫したのは、長子さんが死んだことで養子縁組できなくなったので“命を奪うのは許してやる”という意味じゃないか」と推察する。
もっともその真里子容疑者は凄惨な死を遂げた。小川氏は「真里子容疑者は背中から刺されていて、不意打ちのハズです」と指摘する。真里子容疑者にすれば、長子さんを葬ったあかつきには、夫とともに富岡八幡宮で再び華やかな生活を送れるともくろんだのもつかの間、夫に刺されて自分の人生も終幕するとは思ってもいなかっただろう。











