「すごい試合だった…」馬場さんが絶句した“四天王プロレス”の完成形

2014年11月09日 18時03分

川田(右下)から初フォールを奪った小橋(中)も意識もうろう。四天王プロレスは壮絶を極めた

【タッグリーグ名勝負5選(4):内容度No.1】

▽全日本・世界最強タッグ決定リーグ戦公式戦(1993年12月3日、日本武道館)三沢光晴、小橋健太組―川田利明、田上明組戦

「すごい試合だった…」。解説席の馬場さんがそう言ったきり絶句した屈指の名勝負。いわゆる“四天王プロレス”の完成形である。

 90年の選手大量離脱後の全日プロは三沢、川田、田上、小橋の4人を中心とした激しいプロレスを展開する。紆余曲折を経て、この時期には超世代軍対聖鬼軍という構図が完成した。連日、地方でも手を抜かず20分から30分の熱闘を展開。最後の武道館大会で「最高傑作」を見せつけるというスタイルも確立された。お互いの技を受けきった上で、さらにその先に向かうという超絶なプロレスだった。

 この一戦は小橋が初めて先輩の川田からフォールを奪ったのだが、誰が勝ってもおかしくない試合だった。三沢がタイガードライバー、川田がストレッチプラム、田上がノド輪落とし、まだラリアートを必殺技にする前の小橋はムーンサルト…。全員がフィニッシュ技を出しても試合は終わらない。最後は小橋が川田を垂直式のバックドロップで「くの字」に沈め、23分34秒の死闘を制した。

 三沢、小橋組はこの年の最優秀タッグ賞を受賞。三沢はその後にパートナーを秋山に変え、最終的には小橋が秋山と組むことになる。川田、田上組は2000年のノア旗揚げの際の大量離脱までコンビを続け、マット史に残る名長寿コンビとなった。

 2年後には同一カードでプロレス大賞ベストバウトを獲得。“四天王プロレス”はひとつの極みに達した。あれから約20年。誰もが熱狂した死闘の代償は大きかった。三沢さんは故人となり、小橋と田上は引退、川田もセミリタイア状態となっている。肉体に刻まれた見えないダメージは想像以上だったのだ。三沢、小橋、川田、田上の戦いは永遠に語り継がれるホンモノの“ベストバウト”といえる。