今こそ“幻の金メダリスト”の声を聞け――。プロレスイベント「サイバーファイトフェスティバル2021」(6月6日、さいたまスーパーアリーナ)でリング復帰するプロレスラーの谷津嘉章(64)が本紙の緊急インタビューに応じ、復帰への決意はもちろん、開催が危ぶまれる東京五輪について胸中を激白だ。1980年モスクワ五輪では金メダル候補とされながら、日本が出場をボイコット。今年3月に聖火ランナーを務めた悲運のオリンピアンは五輪開催に関し「重大な見解」を述べた。

 ――昨年6月に一度決まった復帰戦がコロナ禍で1年延期となった

 谷津 障がい者になって怖かったのは、目標がなくなることでした。でも延期になった際にDDTさんから「1年後に必ず呼ぶから」と約束をしていただいて、目標を持って過ごすことができたのである意味で良かったです。義足に関しても、1年あって一層(改良できた)。去年から何度も打ち合わせや要望をしてきましたから。

 ――川村義肢株式会社と作り上げた“プロレス専用義足”のこだわりは

 谷津 ツイストの動きに対応できるから、スープレックスもできるんです。これなら柔道やレスリングにも活用できると思います。ビジュアル的にも金メダルをイメージしたデザインを入れてくれた。こんないい義足を作ってもらったから、自分自身も高めていけたらいいなあと思いますね。

 ――リング復帰に先駆け、東京五輪の聖火ランナーとして3月に栃木・足利市内を走った

 谷津 雑念なしで前に向かっている姿を見てもらって「谷津がやってるから自分も頑張ろう」って思ってくれる人がいたらいいと思いますね。そういう気持ちで走りましたし(プロレスも)やります。

 ――昨年は本紙で東京五輪の1年延期を提唱。「一度中断して、一抹の不安もない状態でやるのがいいんじゃないか」と話していたが…

 谷津 延期どころか中止になったら、まずいですよね。世界の祭典だから、世界中のトップアスリートが来る。でも、こんな状態で来れるの?っていうのはありますよ。ワクチンの接種率が先進国の中でも最低なわけでしょ。そして世界には、日本よりもさらに接種が進んでないところもあるわけだから。外国のアスリートが来れなくて、国体みたいになってもねえ…。

 ――となると、中止もやむなしと…

 谷津 大前提として、自分としてはやってもらいたいですよ。国の活性と「コロナに負けないぞ」というアピールと、アスリートのために。でも、いろいろ考えると、聖火ランナーが走ったからって、開催にこぎつけられるのかなあというのは疑問符をつけざるを得ないですね。

 ――確かにコロナは全く終息の気配がない

 谷津 無理にやれないことはないんですよ。でも、それによって(感染数が)ボーンと伸びて「どうなの」ってモラルの問題になったら困りますもんね。やったことで、日本という国が批判されては本末転倒ですよね。

 ――選手の気持ちを考えると…

 谷津 選手も照準を合わせてつくってきているから基本的にはやってもらいたい。やらないってなる可能性があるけど、それを気にしていたら練習にも(影響が出るから)ね。あるということ前提で練習しているでしょうから。

 ――1980年モスクワ五輪でボイコットがささやかれた時はどんな気持ちで練習していたのか

 谷津 あの時は突然、2週間前に「アメリカがボイコットする」ってなって、それから日本も追随するんじゃないかってなったんです。俺たち選手もどこかで「これは対岸の火事では済まないかもしれないぞ」と思いながらも「そんなことにはならないだろう」と思うようにしながら、練習していました。

 ――そして実際、日本もボイコット…

 谷津 あれはたくさんの選手の人生を変えました。俺もプロレスラーになってなかったかもしれないし。

 ――そういう意味で今回は

 谷津 俺も聖火ランナーで走って一つ目標は達成したけど、その火がメインアリーナの聖火台まで届かないと、また幻になってしまいますからね(苦笑い)。

 ――今度は“幻の聖火ランナー”に

 谷津 そう。そうなったら俺も名前を変えないといけないかなあ…。「幻・谷津」とか。

 ☆やつ・よしあき 1956年7月19日生まれ。群馬県出身。日大時代からレスリングで名を上げ、76年モントリオール五輪に出場。80年モスクワ五輪では金メダル候補とされたが、日本が参加をボイコット。同年、新日本プロレスに入団。新日本、全日本のメジャー団体からインディ団体まで幅広く上がり活躍。総合格闘技のPRIDEにも参戦した。2019年6月に糖尿病の合併症により右ヒザ下を切断した。