【プロレス蔵出し写真館】出待ちファンの前に現れた初代タイガーマスク…正体は佐山聡ではなかった!

2020年10月25日 10時00分

移動バスから降りてホテルに向かう坂口(左)とタイガーマスクだが…(1983年7月、札幌市内)

 11月9日のリアルジャパンプロレス・神田明神大会に、主宰する佐山聡が約1年ぶりに来場する。佐山は原因不明の体調不良で療養中だった。

 その佐山はかつて、タイガーマスクとしてプロレス界で人気絶頂だった。

 タイガーマスクが初登場したのは今から39年前の1981年4月23日、蔵前国技館で行われたダイナマイト・キッド戦。いかにも急ごしらえと思われる、安っぽい虎風のマスクをかぶりリングイン。試合が始まり軽くステップを踏みながらキッドの周囲を回ると、観客からは色物レスラーを見るような嘲笑が…。

 しかし、威カクするための素早いスピンキックを披露するとどよめきが起き、徐々にタイガーマスクの一挙手一投足に館内のムードが一変。初めて見る動きに歓声が沸き起こった。キッドをジャーマンスープレックスホールドでフォールし、右手を突き上げ勝利をアピールしたタイガーマスクはたった一夜でスターになった。

 タイガーマスク人気はその後も上昇一途。地方会場で、当日券を求めるお客が殺到し窓口でのチケット販売のやり取りをはしょって、もぎりが入口で直接お金を受け取り、脇に置いた段ボールにお金を投げ入れるという光景を何度も見た。大げさではなくすさまじい人気ぶりだった。

 そんな人気絶頂のタイガーマスクには当然、ホテル等の出入り待ちのファンもいた。

 写真は83年7月14日、北海道・滝川市から選手移動バスで札幌市内のビジネスホテルに到着し、ホテル従業員やファンの歓迎を受けバスを降りる坂口征二(左)とタイガーマスク。

 タイガーマスクはこの日、中島体育センターで小林邦昭の挑戦を受けるWWFジュニアヘビー級王座防衛戦が予定されていた。

 到着を待ち構えていたファンの数は15、6人といったところか…。手を振り、声援を送っていた。

 しかし、よ~く見ると坂口と並んでもそんなに極端な身長差を感じない。タイガーマスクならもう少し小さいというイメージだが…。

 それもそのはず、中身はタイガーマスクではなかった。ではいったい誰が虎のマスクをかぶっていたのか?

 実は、バスを降りる直前佐山が「ネコちゃんよろしく」と声をかけ、手慣れた様子でマスクをかぶりバスの降車口に向かったのはブラック・キャット。佐山はその後、大方の選手の中に素顔で紛れ下車した。

 虎のマスクの中身はブラック・キャットだった。

 出入りを待つファンを裏切る行為とも取れるが、この写真を撮影したカメラマンは、いつも大勢のファンに囲まれ大変だろうからしょうがないと好意的に解釈した。

 さて、タイガーマスクはその後、8月4日に蔵前のリング上でタイガーマスクのリングネーム返上を宣言し、新たなリングネームとコスチュームで戦うことを宣言していた。しかし、突如10日付で新日本プロレスとテレビ朝日に内容証明付き文書で契約解除を申し入れ、12日にはマスクとジュニアのベルト2冠(WWF、NWA世界)を返上して、まさかの引退劇を引き起こした。

 当時、本紙ではタブロイド版のプロレス専門紙「ザ・プロレス」を発行していたのだが、辞める前日の9日「ザ・プロレス」のオリジナルTシャツを着てもらってインタビューしていたのだが、まさに青天の霹靂だった。

 タイガーマスクの引退はプロレス界を揺るがす大事件だった(敬称略)。

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