【異業種で輝く元プロ野球選手】

 昼夜を問わず人通りが絶えない東京・池袋。駅南口から3分ほど歩いた飲食店が並ぶ一角に今月、おしゃれなワインバー「Bridge Bar East(ブリッジバーイースト)」がオープンした。店内には舌の肥えた通をうならせるジョージアワインがズラリと並び、チーズや肉料理も堪能できる。同店のオーナーが元ヤクルト投手・加藤幹典さん(33)だ。

「知人との共同経営ですが、これまでとは全く違う職。今は勉強することばかりですが、やりがいはありますね」

 こう話す元プロ左腕が歩んできた道のりは意外にも険しいものだった。2007年に慶大からドラフト1巡目でヤクルト入団。大場翔太(元ソフトバンク)、長谷部康平(元楽天)とともに「大学ビッグ3」と称され将来を期待された。だが、1年目から左肩の違和感(肩甲状神経まひ)に悩まされ低迷。わずか5年で現役生活に別れを告げ、12年末から親会社のヤクルト本社の宅配営業部に勤務した。

 主な仕事は主力商品である「ヤクルト400」「ヤクルト400LT」の普及活動だった。営業マンとして担当地区の東京、埼玉、愛知を転々とした。慣れない仕事に加え、球界とはかけ離れた環境に「この仕事は自分に合うのか」と自問自答することもあった。15年3月に直販営業部に異動したものの、悶々とする日々は続いた。そんな苦悩する加藤さんを支えたのが、現役時代の11年に結婚した8歳年上の妻・小夜香さんだった。

「サラリーマン時代は疲労とストレスもあって、妻に当たってしまうこともありました。でも、妻はいつも『自分の好きなことをやった方がいいんじゃない』と背中を押してくれた。その言葉もあって『現状を変えよう』と。そう考えた時、野球を語り合える場をつくりたい、と思いました」

 目標が定まれば、あとは「動く」だけ。幸い15年から終業後に行っていた小中学生の野球指導を通じ、飲食業に精通した知人と出会った。それからはサラリーマンを続けながら夢を少しずつ具現化。今年3月末にヤクルトを退社し、念願のワインバーを誕生させた。

 加藤さんには別の夢もある。自らが引退後のセカンドキャリアに思い悩んだ分、元プロ野球選手への支援にも動きだす。

「今、小中の野球部の部活は基本的に学校の先生が指導をしています。でも、先生方の業務負担と専門的知識の不足がある。そんな指導の場に元プロ野球選手を派遣できるシステムをつくりたい。そうすれば子供たちに正しい指導ができるし、元プロ選手のセカンドキャリアにもつながると思うので」

 これまでの経験を球界の今後に生かす。「元ドラ1左腕」の挑戦は続く。

 ☆かとう・みきのり 1985年、神奈川県生まれ。慶大から2007年大学生・社会人ドラフト1巡目でヤクルト入団。10年7月の阪神戦でプロ初勝利。12年オフに戦力外通告され、同年12月からヤクルト本社・宅配営業部に勤務。15年に同社直販営業部に異動。今年3月に退社。6月1日に南池袋にワインバーを開店。プロ通算成績は23試合1勝3敗、防御率9・13。180センチ。左投げ左打ち。家族は小夜香夫人と1男。